急転直下のドラフト1位指名…「このスイングはすごい」
オリックスで2016年から3年間ヘッドコーチを務め、2019年からは監督として指揮を執った西村徳文氏。チームは低迷期にあったが、2021年からのリーグ3連覇の下地となった貴重な時間だったともいえる。そんな西村氏に、吉田正尚との出会い、型破りな「開幕1番」が誕生した舞台裏を振り返ってもらった。
2016年春、オリックスのキャンプ地が宮崎県に移った初年度だった。澄み切った青空の下、グラウンドには乾いた快音が何度も響き渡っていた。身長173センチとプロ野球選手としては小柄な体格から繰り出される、規格外のスイングに首脳陣は息を呑んだ。後に球界を代表する打者へと成長を遂げるルーキー・吉田正尚外野手だった。
2015年10月のドラフト会議直前、オリックスの1位指名は、吉田ではなく、別の選手で方向性が固まりつつあった。当時の宮内義彦オーナーが熱視線を送っていたのは、東京六大学リーグでヒットメーカーとして名を馳せていた明大の高山俊(阪神ドラフト1位、現オイシックス)。しかし、ドラフト当日に事態は急転する。
「最初はオリックスのドラフト戦略として、1位は別の選手だったのかなという気がしていました。ただ、途中から『1位は吉田正尚で行く』という話がちらっと入ってきたんですよね。高山という選手もそこまで詳しくは知りませんでしたが、何かそういう(オーナー側からの)意向があったという感じはしました。私は大学野球をそこまで細かく見ていたわけではないので、吉田という選手がどれぐらいのレベルなのか、最初は当然分からなかったんです」
鳴り物入りで入団したとはいえ、当時の西村氏は、吉田の実力に半信半疑だった。しかし、実際にグラウンドでその打撃を目の当たりにした瞬間、疑念は驚嘆へと変わった。
「他の選手とは違う」西村氏が気づいた吉田の魅力とは…
「体が小さいのに、このスイングは『他の選手とは違う』とすぐに分かるようになりました。一緒に見るようになって、オープン戦の頃には『このバッターはすごい』と。やはりドラフト1位で獲るだけの逸材だなと思いましたよ。守備や走塁に関しては、他の選手より劣る部分もありましたが、それをカバーするだけのバッティングセンスがあり、あのスイングの速さは、今まで見てきた中でもトップクラスでした」
凄まじいスイングスピードと、ボールをバットに確実に乗せる天性のミート力。相反する2つの要素を、吉田は高いレベルで両立させていた。
「ボールをしっかりバットに当てる能力にも長けていましたね。後に3割以上打つわけですが、そこが素晴らしい能力の一つです。飛ばすだけで、しっかりミートしようとすると打率1割台に終わってしまう選手も多い。今までも、そういうタイプの選手を何人も見てきました。でも、あれだけ確実にボールを捉えて、遠くまで飛ばすことができる。あれほどのスイングをして、よくしっかり当てられるなと感じました」
しかし、吉田の豪快なスイングは、自らの肉体にも諸刃の剣として襲いかかった。ルーキーイヤーから腰痛に悩まされ、戦線離脱を余儀なくされた。それでも、代名詞であるフルスイングを決して捨てようとはしなかった。キャンプから結果を残し、阪神とのオープン戦では藤川球児(現・阪神監督)から京セラドーム3階に飛び込む強烈な一発を放ち、開幕1軍入りを確実なものにした。
「元々、腰が悪かったんでしょうね。爆弾じゃないですけど、それを抱えながら、あのフルスイングでした。でも、あのスタイルだけは変わらなかったですね。自分のバッティングを変えてしまうことによって、パフォーマンスの出し方が全然違ってくるわけですから。そこはやっぱりプロだなと思いましたよ。自分がプロの世界で生きる術を知っている、『ここで食っていくんだ』という強い意志を感じました」
最下位に沈んだヘッド1年目…痛感した「野球のバランス」
型破りなオーダーで挑んだ2016年シーズンだったが、12球団No1の“重量打線”は思うように機能しなかった。チームは開幕から波に乗り切れず、終わってみれば最下位に沈んだ。オープン戦、交流戦、2軍を含めて、史上初となる“完全最下位”の屈辱だった。ヘッドコーチ就任1年目、西村氏はプロ野球における「バランス」の重要性を痛感したという。
「私がオリックスに行った時、選手たちの前で『相手チームから見て、なんでそんな下の方にいるチームなのか。1人1人の持っている力はすごいものがあるし、絶対に優勝できる』と言わせてもらったんです。それだけのメンバーでしたから。でも、1年目に最下位になった時、スタメンを含めたチームの『バランス』がどうだったかなという思いはありました」
選手個々の打撃力が高くても、それが線としてつながらなければ得点には結びつかない。名だたる選手がオーダーに並ぶも、グラウンドには、ため息の漏れる時間が増えていった。
「点を取らないと勝てないというのは基本ですが、野球というのは『出て、つないで、返す』スポーツです。当時のチームは『返す』ところのメンバーは揃っていたかもしれませんが、『出て、つなぐ』ことに関してはどうだったのか。開幕スタメンのメンバーを使うのは当然のことでしたが、その中の誰かが徹底して『出ること』や『つなぐこと』を考えることができていれば……。打線に偏りがあるのは良くないですが、そうやって見ると少し偏ってしまったのかなと、いま振り返ると思いますね」
眩いばかりの才能を見せつけたルーキーが躍動するも、味わったチームとして勝つことの難しさ。歓声と静寂が交錯した2016年シーズンは、西村氏にとって指導者としての信念を改めて問い直す、ほろ苦くも濃密な1年として心に刻まれている。
(橋本健吾 / Kengo Hashimoto)