亡き恩師との約束― 日ハム戦力外の甲子園Vスラッガーがトライアウトへ

「プロ野球で15年はやれ」―今も鵜久森の胸に残る上甲監督の言葉

 プロ野球の世界に飛び込む選手がいれば、去る選手もいる―。日本ハムから戦力外通告を受けた鵜久森淳志外野手も、その1人だ。

 愛媛・済美高では通算47本塁打の超高校級スラッガーとして、3年春夏の甲子園に出場。選抜は2本塁打で初出場初優勝を果たし、夏も3本塁打で初出場準Vに貢献した。同年ドラフト8巡目で日本ハム入りしたものの、ここまでプロ11年で通算6本塁打。2日に戦力外通告を受けた。

 鵜久森は11月10日の12球団トライアウト(静岡・草薙)を受ける。千葉・鎌ヶ谷市内の鎌ヶ谷スタジアムで練習を続けている“未完の大器”を直撃すると、済美高時代の恩師・上甲正典監督(享年67)との“約束”があった。

――上甲監督のもとでスラッガーとして甲子園を沸かせた。

「(上甲監督からは)『プロの世界では人の2倍とは言わないから、1・5倍の練習はやれ』と言われていました。亡くなられる前の13年オフまで、毎年、あいさつに行く度に言われてました。その言葉はずっと残っています。あとは『15年はやれ。長くプロ野球でお世話になれ』と。その2つです。監督はいつも自慢げに言ってました。自分はあと4年ですね」

――なぜ15年だったか?

「(上甲監督が監督を務めた)宇和島東卒業のプロ野球選手は15年以上やっている人が多いからだと思います。岩村(明憲)さんは18年、宮出(隆自)さん、橋本(将)さんは17年。平井(正史)さんが1番長くて21年。よく先輩方と比較されました。監督からは『おまえだけや、活躍してないのは』と。

 大した成績を残せていなかったですし、年末にあいさつに行くのが、いつも嫌でしたね。安楽(智大、現・楽天)もプロで20年と言ってますよね。あれはそういう意味があると思います。監督の下でやった人はみんな長い。だから、(上甲監督の教え子は)みんな目標になっているんだと」

――亡くなられてからは?

「(お墓参りに)まだ行けてないんです。行きたいですけど…。どういう報告になるかは分かりませんが、ここまでプレー出来たのは監督がいたから。本当に感謝してます。その言葉しかありません」

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