オレ流・落合GMが視察した“金の卵”は野生児だった
駒沢大学に所属する右の強打者
中日の落合博満GMが、大学野球のキャンプを視察し、話題になっている。フロントのトップとして、鋭い目で人材をチェック。先日は静岡県浜松市で行われている東都大学リーグの駒沢大学の合宿に姿を見せた。視線の先にはチームで4番を打つ江越大賀外野手の姿があった。
江越は長崎県出身のスラッガー。小さい頃は松井秀喜に憧れ、強打者に育った。海星高校から駒沢大学に進学。高校の最高成績は3年生夏の県大会準Vだった。右方向への強い打球が持ち味で、将来は巨人の長野久義外野手のような打者を目指すという。「チャンスで強い打者になりたいです。右方向への打撃も磨いて、1つずつ課題をクリアしていきたい」とリーグ戦で活躍し、将来のプロ入りを目指す。
幼い頃は長崎の南島原市で生まれ育った。緑豊かな森に囲まれ、毎日、山を走り回っていた。野球もやっていたが、「秘密基地とか作って、友達と遊んでいました」と、もっぱら大自然の中を走り回る野生児だった。50メートル走のタイムは5・8秒。そのスピードは強靭な下半身によって生み出される。食卓には「魚ばかりが並んでました」と海の幸を食べ、体を強くしたという。
通っていた小学校は全校生徒が36人と小規模な学校だった。同級生は男女3人ずつの6人。小学校2年生から通えるソフトボールチームに入り、2年生からレギュラーになった。運動会になると、目立った存在だった。6人と少人数だったこともあるが、毎日、山を走り回った江越少年は徒競走で1年生から6年生まで大会6連覇。圧巻の脚力を見せつけた。
そんな島原で育った江越は、地元の中学に通っている頃から、強豪校で野球をやることに憧れた。「必ず、寮に入って野球をしよう。強い高校に行って、プロになりたい」と思うようになった。駒大で1年春からレギュラーになり、昨年は大学の全日本にも選ばれる存在になった。理想とする巨人・長野のような右方向への打球は、大学球界では、なかなかお目にかかれない。
江越の通った小学校は今では全校生徒が29人となった。今後、統廃合されると聞き、深い悲しみが襲ってきた。オフに帰省すれば、地元の英雄。江越の夢は南島原の夢でもある。思い出の残る学校はなくなってしまうが、自身がプロになることで、それを同校に関わった人たちの永遠の絆に変えることができる。学校の存在を心にしっかりと刻むためにも、江越は夢を夢では終わらせない。
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フルカウント編集部●文 text by Full-Count