ヤンキースの日本人投手第3の男 建山義紀が名門のブルペンを救う
開幕メジャーへ向けて確実に前進
「キャンプ当初はあんまり良くなかったですけど、日に日に良くなってきてるんで、もっともっと良くなっていければと思います」
サイド右腕の真骨頂とも言える投球だった。
昨年はレンジャーズ傘下3Aラウンドロックで開幕を迎え、6月にヤンキース傘下スクラントンに移籍した。移籍後は21試合で2勝2敗1セーブ、防御率1・70という好成績を残しながら、渡米3年目で初めて1度もメジャーに昇格することなくシーズンを終了。それでも、オフには「自分がいたところにまた声をかけてもらうというのは、うれしいというか、そういうところがあるんで」と残留を決断した。
つまり、伝統のピンストライプのユニホームを着てマウンドに上がったのは、このオープン戦のパイレーツ戦が初めて。「ちょっと身震いしました」と興奮気味に振り返る大きな1歩だった。
建山は3月3日のナショナルズ戦でも8回に登板し、味方のエラーとヒットで無死1、2塁のピンチを迎えながら、後続を冷静に打ち取って無失点。さらに、同5日のレイズ戦では、6回から2イニングを四球による走者1人だけの無安打無失点と快投。調整が遅れたことで、逆に余計なことを考えずに懸命にメニューを消化してきたことがプラスに働き、開幕メジャーへ向けて確実に前進している。
マイナー契約ということで、待遇は決して良くない。黒田が先発した7日のナイターでのタイガース戦では、登板予定の選手が崩れた場合や規定の投球数に達したときに備え、緊急登板要員としてブルペンで待機した。
その日の気温は10度前後で、黒田が「タンパに来てこんなに寒いのは初めてじゃないかなと思います」と振り返ったほど。しかも、翌日は早朝8時過ぎからブルペンでの投球が控えていたが、結局、声がかかることはないまま、試合終了の午後10時まで過酷な状況で戦況を見つめ続けた。
同じように翌日早朝から投球練習を控えていた13歳年下の田中が試合前に帰宅を許されたことを考えると、その待遇の差は歴然だ。それでも、38歳は文句1つ言わずにアピールを続けている。