諦めかけたドラフトで1位指名 プロのスカウトが見抜いた松本裕樹のポテンシャル
甲子園のマウンドで浮き彫りとなった松本の真の実力
話を再びこの夏の甲子園に戻そう。初戦の相手は優勝候補だった東海大相模(神奈川)。当時、松本の肘は悲鳴を上げていた。我慢強い男が初めて「痛いです」と首脳陣に言ってきた。地区大会まではなかった、突然の出来事だった。
この「痛い」は松本にとって弱音でなかった。「痛い」から、痛いなりに勝つピッチングをするという決意の表れ。球速は通常より10キロほど遅く、8安打された。それでも巧みな投球術でかわし、強力打線を抑え、完投勝利。あるスカウトは「試合当日までほとんどピッチングをしていない。ブルペンの投球練習でも投げない。試合間も投げない。しかもグラウンドは雨の影響でぬかるんでいる。それなのに、あれだけの投球ができたのだから、能力が高い証拠」とドラフトの上位指名を確信したという。逆境の中での試合で松本の精神力の強さやピッチングの巧さ、ゲームメーク能力の高さを見ることができた。まさに“怪我の功名”だった。
松本はプロ入りに向けて、色々と勉強中だ。ボールは満足に投げられないため、「怪我をしない体づくりをしています。投げ方も変えようかなとも思っています。今の知識ではだめなので、勉強しながら、病院の先生とかに話を聞いたりして。腕をもう少し高く上げた方が肘に負担はないのかなと今は思っています。いいボールが投げられるかどうかは別問題として、痛めた靱帯に影響は及ぼさないと聞いたので」と、今は長くプロで活躍できる選手を目指して試行錯誤を重ねている。
今年は安楽智大(済美)や松本らのように肘に不安のある高校生を、各球団はドラフト1位候補に挙げ、指名している。プロのスカウトは、肩の怪我ならば、指名回避を検討するが、肘の場合は検査や正しい治療をすれば回復するため、そこまで大きな問題にならないと見ており、反面で、これからのケアと指導方法が大事になるという。
松本に関してはソフトバンクも大きな期待を寄せてはいるが、じっくり育成する方針。本格的な投球再開まで時間はかかるが、まずは焦らずに肘を治すことが先決となる。次に全国のファンの前に姿を現す時は、甲子園では披露できなかった圧巻の投球、本来の姿を見せてくれることを期待したい。
【了】
フルカウント編集部●文 text by Full-Count