緊急捕手起用で思い出される故・木村拓也氏の気概
木村氏が見せた瞬時の行動とは…
当然、ミットは持っておらず、同僚の鶴岡のものを借りた。ブルペン捕手のマスク、ヘルメット、プロテクター、レガーズで出動。仕事ぶりは見事だった。3投手をリードし、最後は2アウト一、二塁のピンチを招いたが、野間口の151キロのストレートで空振り三振。延長12回を無失点で切り抜け、執念のドロー。勝ちに等しい引き分けで巨人はリーグ優勝に前進した。当時の原監督も称賛。コーチ陣も拍手を送った。
野球ファンならここまでの経緯は記憶に残っているだろう。心に残してもらいたいポイントは木村氏の瞬時の行動である。
この試合、木村氏に捕手として試合に出られるように準備をさせたのは首脳陣ではなかったという。もちろん、非常事態に起用する考えはあったが、木村氏は加藤の頭にボールが当たった瞬間に、もうダッグアウトからブルペンに走っていた。「オレしかいない」、と。
チームの状況と自分の役割は一体何か、あらゆることを想定して準備をしていた。内野の守備をしている時でも投手のボールの軌道や球種をチェックしており、頭に入っていた。ベンチの西山バッテリーコーチが捕手・木村にサインを出すことになっていたが、無我夢中でベンチを見る余裕もなし。投手陣には状況に応じて、捕手が捕球しやすいストレートだけでいいという指示も出されていたが、木村氏は経験を信じ、自分でサインを出していた。変化球も見事に処理し、無得点に終わった相手打者は「リードが意外でした」と脱帽したほどだった。
現役生活は19年。どんな時でもチームのことを考えて戦ってきたからこそ愛される存在だった。プレーヤーとしての気概が感じられるワンシーンだった。どんな時代でも、このような選手はチームにいてほしいものだ。
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フルカウント編集部●文 text by Full-Count