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故・山本功児氏に導かれた野球人生 ロッテ福浦「天国で見守って欲しい」

脳裏に刻まれる記憶、涙ながらに頭を下げた姿

 羽田からタクシーに飛び乗り、マリンに到着したのはチームの全体練習が終わる寸前だった。バタバタと練習を済ませるとこの日のオリックス戦、7番一塁でスタメン出場を言い渡された。四回にフレイザーから初ヒット。インコースのスライダーに詰まった当たりはポトリとセンター前に落ちた。記念すべき一軍でのプロ初ヒットだった。2000本安打を目前に控える男の伝説はここから始まった。

「最近は連絡を取る機会もなかった。電話では何度かお話をしたけど、最後にお会いしたのは山本さんが巨人のヘッドコーチを務められていた時の交流戦だね」

 強烈に残る山本氏の記憶が福浦にはある。

 一軍監督退任が決まった03年10月12日のシーズン最終戦。本拠地マリンでの試合には3万人の観衆が詰めかけた。オリックスに5-1で勝利。試合後、「山本マリーンズ」の地鳴りのようなコールが響き渡った。選手たちは当初の申し合わせ通り、ユニホームを脱ぐ監督を胴上げしようとした。しかし、山本氏は固辞した。強く断った。そして選手たちの輪の真ん中で「胴上げは優勝をして、次の監督にやってあげてくれ。ありがとう!」と涙ながらに頭を下げた。それから2年後の05年。マリーンズは日本一になり、ボビー・バレンタイン監督が宙に舞った。

「あと何年、現役があるかは分からないけど、オレの野球人生の最後まで見届けて欲しかった。寂しい。天国で見守って欲しい」

 福浦は40歳になった今も精力的に体を動かし、バットを数多く振る。その打撃は二人三脚で特打を繰り返したあの時の練習が土台となっている。2000本安打まであと88安打。恩師や支えてくれた人たちのために福浦はバットを握る。恩返しの日々はまだまだ終わらない。

(記事提供:パ・リーグ インサイト

【了】

マリーンズ球団広報 梶原紀章●文

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