「日本一カッコいいチームを―」 異色のクラブチーム、東京メッツとは?

「ハイディ」と歩んだ第一章

 仕事や学業を抱えるかたわら、メッツに情熱を注ぐ人は多かった。そしてまず驚かされた。日本野球連盟に加入した12年、かつてアメリカのマイナーリーグやホークス2軍で監督をつとめた、「ハイディ」古賀英彦氏を監督に呼んだのだ。(※1)

「こんな年寄りに声をかけていただきうれしかった。若い選手の成長を側で見られるのがうれしい。そして何よりこの年まで野球に関われることがね」

 就任当初はレベルの低さに驚いたそうだが、選手の成長が何よりもうれしかった。そのハイディ氏が今シーズン、9月でユニフォームを脱いだ。自身の年齢や家族との時間など様々なことが絡み合った。ハイディ氏の最終戦となった試合後、選手は大粒の涙を流した。

 まさに家族。メッツの第一章はここで幕を閉じた。

「世間の逆風との戦いみたいなものですよ(笑)」

 メッツ関係者はそう語ってくれた。企業チームならともかく、クラブチームの試合を見に来るのは、関係者や家族ぐらい。閑散としたスタンドも当然の風景。そんな中、毎試合のように50人近いファンが旗を振り、声をはる。時にはトランペットなど「鳴り物」も。大会関係者に厳重注意をもらったことも珍しくなかったそうだ。

 また、以前のマリーンズとの件もあり、ネット上などでは批判の対象にされ続けた。それでも前を向いた。その姿勢に賛同したものが集まり、選手数は年々、増えている。

「もちろん選手の入れ替わりは激しい。大学生も多いので就職活動などもあるし。でも独立リーグにも何人か入っているし、良い選手多いですよ」

 11月23日には茨城県の竜ヶ崎市でトライアウトもおこなった。そこには18歳などの若い選手も数多く訪れていた。

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