自分の弱さと向き合った20年 “代走屋”鈴木尚が積み重ねた228盗塁の歴史

何をするにも第一声は「スミマセン」、これからは「走塁の魅力伝えたい」―

――プロ通算228盗塁を決めたわけですが、一番思い出に残っている盗塁や走塁はありますか?

「思い出はたくさんありますけど、ゼロ、そして1から始まったものなので、やっぱり初盗塁ですね。ヘッドスライディングをして決めました(2002年4月14日、本拠地での中日戦で9回裏に二盗成功)」

――うれしかったでしょうね。

「うれしいというよりホッとした感じ。実はそれまで失敗続きだったんです。ルーキーだし、失敗が続くと心理的にプレッシャーがかかるじゃないですか。『ヤバイ、見られてる』『次失敗したらどうしよう……』っていう中での成功だったから、『あぁ、よかった?』ってホッとした気分が先に立ちました。『よかった、これで明日があるな』って(笑)」

――初盗塁を決めるまでの緊張感と言ったら……。

「ドキドキもいいところですよ。練習開始から、ずっとですから。僕が1軍に上がった2002年のメンバーは蒼々たる顔ぶれ。松井(秀喜)さんもいらっしゃいましたし、桑田(真澄)さん、清原(和博)さん、仁志(敏久)さん……超一流ですよ。そこで失敗が続いていた。隅に追いやられるってこういうことだなって思いました(笑)。何をするにも第一声は『スミマセン』。球場に行きたくない時もありましたよ。追い込まれると、好きなものも嫌いになるんですね(笑)。嫌いというより自信がなかったからなんですけど、しばらくドキドキが続きました」

――そこから“走塁のスペシャリスト”と呼ばれるまでになるわけですから、まさに千里の道も一歩から、ですね。

「ドキドキせずに、うまく感情をコントロールできるようになったのは、極々最近だと思います」

――今年も10盗塁を決めて12年連続2桁盗塁を達成しました。まだ現役を続けられる感覚もあったのでは?

「いや、僕は常に全力を出し尽くしてやってきたんで、とにかく悔いはないです。自分で決めたことですし。引退した今でも、常に野球のことを考えている。今度は、どうやって野球の面白さ、走塁の面白さを、人に伝えていったらいいのかなって。僕は若い頃に怪我を重ねて、30代になって怪我をしなくなった人間。これからは、そういったことも教えながら、走塁の魅力を伝えていきたいと思います」

【了】

フルカウント編集部●文 text by Full-Count

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