“不器用を自認する男”DeNA筒香嘉智、知られざる進化の裏側・前編
「一番難しい作業」と「身体の中の矢印が一致してきた」時期
矢田氏のエクササイズで得た自由な身体の動きを、実際の打撃に応用するのにも時間が掛かった。高校時代やプロ入り間もない頃にも「(小手先ではなく)身体の中が大事だってなんとなくは分かっていたし、身体の中が動いているなって感じはあった」と言う。だが、身体の内部の動きが打撃フォームと連動し始めたのは「今年(2016年)からですね」と話す。
打撃練習に励む、DeNA・筒香嘉智【写真:編集部】
バッティングは、体幹を中心とする回転運動から成り立っている。回転運動の代表的なものと言えばコマだろう。コマが安定して回転する時に必要なのは、回転軸を引っ張る重力(下向きの力)と回転軸が飛び出そうとする力(上向きの力)の均衡、回転で生じる横の力=向心力(内向きの力)と反心力(外向きの力)の均衡だ。この縦の力と横の力のバランスで、コマは無駄なく安定した回転をする。バッティングでも、この4つの力のバランスがカギとなる。
だが、バッティングは安定して回転だけすればいいものではない。目的は、打球をより遠くへ飛ばすことだ。ここで考えると分かりやすいのが、ハンマー投げの力学だろう。身体の回転で生じたパワーをロスなくハンマーに伝えて遠くへ飛ばすには、回転スピードで生まれた遠心力(反心力)で外に飛び出したがるハンマーを支える向心力、そしてそれを支える回転軸(縦の力)の安定感が必要になる。打撃に置き換えれば、身体の回転で内部に生じたパワーをバットに無駄なく伝え、打球を遠くへ飛ばすためには、まず身体の回転軸に対して腕とバットが一直線になる位置にバットを振り出すこと、さらに振りだしたヘッドスピードによる遠心力で外へ飛び出そうとするバットを離さない向心力、それを支える体幹の安定力が必要になる。
2016シーズンの後半、筒香は好調時の打撃を説明する時に「身体の中の矢印が一致してきた」という表現をよく使っていた。この「矢印」に当たるのが、縦方向と横方向でそれぞれ働く4つの力の向きだ。それまで縦横で相反する方向に4つの力が存在していたことは感じていたが、縦横でそれぞれ相反する力が一直線上で働き、身体の内部の動きが無駄なくバットに伝わる感覚が得られたのが、ちょうど本塁打を量産した7月下旬頃。「内と外の統合」が、ようやくでき始めた。
「矢田先生のエクササイズをやっている時の感覚を、バットを持った時の感覚につなげるのが一番難しい作業なんです。エクササイズができても、それをバッティングにつなぐことができなかったら意味がないですから。でも、なかなかすぐにはつながらない。バットを振っていても『こういう感じかな?』っていうのはあるけど、ピタッと『これやな』っていうのは、なかなかないですね」
そのため、普段の自主トレメニューは、午前中をエクササイズに費やし、午後は場所を移してティー打撃を繰り返す。エクササイズの時には重心がどこにあったか、身体の中はどう動いていたか。エクササイズで得た感覚を失わないうちに、打撃で生まれる感覚とすりあわせるためだ。さらに、普段の生活から自分の重心がどこにあるかを意識しながら、エクササイズで得た感覚との差を感じるようにしているという。