“不器用を自認する男”DeNA筒香嘉智、知られざる進化の裏側・前編
「私生活のふとした時」に訪れる“気付き”、試合に対する心掛けも大きく変化
「物を持つ時とか、朝起きて風呂入ってシャンプーしてる時とか、エクササイズの時とは、どう重心の位置が違うのかっていうのを探してますね。そこからどういう動きをすれば、どういう呼吸をすれば、エクササイズで得たような感覚が出るのか試すんです。そうすると、私生活のふとした時に、ポンって気付くことがある」
筒香は何か気付いたことがあれば、会食中でも席を辞して家に戻ってバットを振り、感覚を忘れないうちに確認することもあるという。言ってみれば、昔の剣術使いが、薪割りの最中に剣術の極意にひらめいたり、重い荷物を運ぶ最中に重心の使い方にひらめいたり、その技を磨くために日常生活から感覚を研ぎ澄ましていた姿に近いのだろう。
試合に対する心掛けも、ここ2年ほどで大きく変化した。以前は自分の成績だけを考えていた時期もあるが、今ではチームの勝利が大前提。チームが勝つために自分は何ができるか、チームとして得点するには何ができるか、そして球場まで足を運んでくれたファンを喜ばせるためには何ができるか、球場では常に考えている。
「今、自分のことを考えるのは、家にいる時間とバッティング練習の時間、あとは試合開始前の15分間くらい。あとは周りの様子を見ながら、チームとしてどうしたらうまく機能するか考えながらやってる感じですね」
矢田氏はこれを「利他の精神」と呼んでいる。
「自分のことだけ考えるのは『利己の精神』、周りのことを考えながら行動するのは『利他の精神』です。古い山形の文献に、女性が米俵を5俵担いでいる写真があるんですよ。米俵は1俵60キロだから合計300キロ。普通は女性が担げる重さじゃありません。彼女たちがなぜ担げたかと言えば、身体の使い方を知っていた、そして家族を養うために働かなければならなかったから。家族のため、つまり利他ですよね。誰かのために、と思った時、人間は自分が持つ力を惜しみなく発揮できるんだと思います。
筒香君がチームのことしか言わなくなったのも、そういうことだと思うんですよね。『今年何本打ちたい』『こんな記録を出したい』って言っても打てないでしょう。チームを勝たせるために勝負した結果が積み重なったんですよね」
筒香が目指す「内と外の統合」に、もう1つ大きく関わっているのが、外界の情報を取り入れる「目」の使い方だ。より高いパフォーマンスを引き出すための目の使い方を指導しているのが、視覚情報センターの田村知則氏だ。(続く)
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フルカウント編集部●文 text by Full-Count