退団が発表されたソフトバンク川崎宗則 日米で愛された18年間の足跡
絶大な人気誇った川崎、カブスでは「歴史に残るインタビュー」
それでも、その明るいキャラクター、サービス精神、そして野球への情熱でチームメート、ファン、メディアから絶大な人気を誇った。3年目の2015年にはポストシーズンのロースターから外れながら、その存在を求められてチームには同行。22年ぶりの地区優勝を果たしたチームは、リーグ優勝決定シリーズに進出。地区シリーズ最終戦後の地元テレビ局のインタビューは「歴史に残るインタビュー」と絶賛された。MLB公式サイトには「ムネノリ・カワサキでいることによる“ムネノリ・カワサキ賞”」なるものにも選ばれた。
2016年に移籍したカブスでもその存在感は別格。シーズンでは14試合出場にとどまったものの、ブルージェイズ時代と同様に、プレーオフではロースター入りを果たせなかったにも関わらずチームに同行。カブスが108年ぶりの世界一になった瞬間に立ち会い、チャンピオンリングを手にした。昨季開幕前にカブスからフリーエージェントとなり、ホークス復帰が決まった際にも、現地のファンからは多くの嘆きの声が上がったほどだ。
ソフトバンクに復帰した2017年も随所にその存在は脚光を浴びた。復帰初戦となった4月28日のオリックス戦。4打席に復帰後初安打を放つと、可愛がってきた後輩の福田秀平が勝ち越し2ランを放った。「Have FUN!」の合言葉をチームに吹き込むと、チームは川崎の復帰戦から6勝1敗と波に乗った。
5月11日のオリックス戦では日米通算1500安打を達成。6月10日の阪神戦では、チームが3人の捕手を使い果たしていたため、延長に突入した場合には捕手を務める可能性もあった。ナイター終了後に選手が速やかに食事をとることが出来るようになったのも、川崎が球団に求めたからだった。数々の好守ももちろん、グラウンド外のところでも、川崎のチームへの貢献度は計り知れなかった。
球団を通じて「昨年の夏場以降からリハビリを続けてきましたが、同時に自律神経の病気にもなり、身体を動かすのを拒絶するようになってしまいました。このような状態で野球を続けるのは、今の自分には考えられません。悩んだ末、この度、ホークス球団と協議して自由契約という形で、野球から距離をおいてみようと決断しました。川崎宗則が元気でプレーする姿を楽しみに待ってくれている皆様には、本当に申し訳ない決断ですが、今は環境を変えて、じっくりと体と心の回復につとめます」とコメントを出した川崎。
これほど、日米問わず数多くの人に愛され続けてきた選手は珍しい。今はただ、心身を回復させ、再び元気な姿を見せてくれることを願うばかりだ。
(福谷佑介 / Yusuke Fukutani)