シーズンを駆け抜けたパ勝利の女神たち 私たちはなぜチアに?

 球団のチアリーディングチームに入ることそのものが、幼い頃からの夢だった女性もいる。北海道日本ハムのチアリーディングチーム「ファイターズガール」の畠山茉央さんだ。小学1年生の時に、ファンクラブの抽選で、母親が熱烈なファンだったという「ファイターズガール」と踊る機会があり、かっこいいダンス姿に見惚れ、優しく自身に接してくれた「ファイターズガール」の“お姉さん”に憧れを抱くようになった。

 その日から「ファイターズガール」になることを夢見てダンスを習い、受験資格がなかった中学生の頃から応募書類を送り続け、応募資格を得た高校1年の時に念願の合格切符を手にした。長年の夢がかない、両親はもちろん、彼女の夢を応援してきた周りの友人たちも一緒になって喜んでくれたという。

 高校時代は球団の規則でデーゲームしか出演できなかった畠山さんだが、全てのナイターに足を運んで観戦し、先輩たちのパフォーマンスや応援する姿を見ながら、自主練習を重ねた。

「最初は満足いくダンスができず、その悔しさから必死に練習して、先生に声をかけてチェックしてもらう日々の繰り返しでした。あの頃はダンスを上達させることで頭がいっぱいでしたが、今ではパフォーマンスの向上や選手の応援はもちろん、ファンの皆さんが笑顔になるようにおもてなしの心で接したいという気持ちが大きくなりました」。来場者にドームについて何を聞かれても答えられるように、ドームのどこに何があるかといった位置関係をすべて頭に入れているという。

 千葉ロッテ「M☆Splash!!」を率いるリーダーのASUKAさんも、幼い頃に地元千葉のイベントで踊っていた「M☆Splash!!」の姿を見てかっこいいと憧れを抱き、「M☆Splash!!」を育成するダンススクールに入った。先輩たちの踊りを見て指導を受けながら、いつかグラウンドで立って踊りたいと様々なダンスを必死で覚えて、その夢をかなえたという。

 このようにチアガールになりたいと思った動機やきっかけは、さまざま。しかし、チアを続けるにつれ、野球への愛が大きくなり、選手やファンのために応援していきたいという思いは共通する。後編では、具体的な仕事の内容ややりがい、どんな仲間と一緒に活動したいかについて聞いた。

(「パ・リーグ インサイト」高島三幸)

(記事提供:パ・リーグ インサイト

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