「本当に弟なの?」―甲子園V左腕の中日小笠原と比較されてきた弟が決めた覚悟
突き刺さった兄の言葉「なんで野球を続けないやつに、俺はお金を払っているんだ?」
だから卒業後も野球にこだわるつもりはなかった。専門学校進学の相談を母の美智子さんにした時のこと、ちょうど里帰りしていた慎之介が独り言のようにつぶやいた。「なんで野球を続けないやつに、俺はお金払ってるんだ?」。それを耳にした智一は、初めて知った。「僕に野球をやってほしいんだ」。言葉で伝えるのが下手な兄。自らが尊敬する吉見一起(中日)の投球を録画して弟に見せるよう、こっそり母に頼んだこともある。面と向かって話すことの少ない年頃の男兄弟にとって、野球が絆でもあった。
中高6年間を振り返り、ふと智一は自らに問うた。兄の存在を盾に、自分で勝手に限界を作ってきたのではないか――。そう思うと、小学生以来の「夢」が再びふくらんだ。“意外な存在”にも、背中を押してもらった。知人の紹介で偶然見た、駆け出しのアイドルグループ「3B junior」のライブ映像。さしてアイドルに興味はなかったが、全身を使ってステージで懸命に表現する姿に「自分は今まで全力でやってきただろうか」と胸を撃ち抜かれた。「どうせやるなら、上を目指したい」。高校の指導者の紹介で、卒業後は福島へ。医療機器販売の会社「エクスターメディカル」の営業マンとして働きながら、クラブチームで汗を流す。
5月3日。都市対抗1次予選の初戦で先発マウンドを任されたが、3回途中4失点と散々なデビューになった。兄のような速球派ではないにしても、まだ直球は130キロ前後。身長178センチ、体重74キロのひょろっとした体も未完成。現地で見守った母はあえて言う。「智一の場合は勘違いでここまで来ることができたので、この先があの子の試練です」。NPBなんて、今はまだ夢のまた夢。待ち受けるのはいばらの道だが、智一は「3、4年後には、プロに挑戦できる実力をつけてみせる」と言い切る。目元も笑い方もよく似た兄が驚く顔を、1日でも早く見てみたい。
(小西亮 / Ryo Konishi)