【あの夏の記憶】中日“バンビ2世”藤嶋が語る甲子園の魔物とは?「僕らに天使が舞い降りた」
逆転を気負わかなった東邦に、タオル回し応援「甲子園って場所は特別。プロでも高ぶる」
あの歓喜から3年。高卒ドラフト5位で中日入りした藤嶋は、鮮明に当時を思い出す。甲子園の魔物だと周囲は言ったが、「僕らにとっては、結果的に天使が舞い降りましたね」と懐かしむ。ふと冷静にあの9回裏の記憶をたどると、起こるべくして起きた逆転劇にも思えそうな気がする。
「楽しくやろう」。チームメートにかけた一言は、やけくそではなかった。規律より奔放さが強みだったチームカラー。「逆転するぞ」より格段に力を発揮できると選んだ言葉だった。そして何より、過去の経験から「夏は雰囲気」だと疑わなかった。1年夏に「バンビ2世」と呼ばれて甲子園デビューを果たし、3年春の選抜も経験。「春以上に、夏は勢いや流れに乗ったチームが強い」。肌で感じてきた直感に従い、主将としてベンチの雰囲気を醸成したのだった。
そのベンチの空気を球場全体へと拡散させてくれたのが、アルプススタンドだと藤嶋は思っている。「吹奏楽がいなかったら、あんな事は起きなかったと思う」。T・O・H・O、T・O・H・O……。繰り返す呪文のような言霊に、スタンド全体が飲み込まれていくようだった。次第に観客の頭上でタオルがぐるぐると回り出し、異様な空間ができあがっていく。東邦にとっては間違いなく追い風だった。
マウンドに立っていた八戸学院光星のエースは試合後「全員が敵に見えた」と言い、タオル回し応援は議論を呼んだ。負けている方を応援したくなる「判官びいき」な甲子園ファンの“悪ノリ”だという声もあった。その賛否について、グラウンドで戦った選手たちは与り知らないが、あの光景に藤嶋はあらためて確信したことがある。
「やっぱり夏は雰囲気なんだと」
逆転を気負わなかったベンチ、球場全体を巻き込んだアルプス、2死からの「まさか」の連打……。それらが掛け合わされなければ、目には見えない「雰囲気」は生まれなかったし、逆転サヨナラという答えにもたどり着かなかったのではないか。そんな結論に達した藤嶋は言う。
「やっぱり甲子園って場所は特別なんだと思います。プロに入った今でも、甲子園で投げる時は高ぶるものはありますから」
そう思わせることこそが、「魔物」そのものなのかもしれない。
(小西亮 / Ryo Konishi)