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「あの死球があったから…」日ハム杉谷が語る甲子園1球敗戦投手から得た教訓とは

死球で人を笑顔にする日本ハム・杉谷拳士内野手。その裏には「あの死球があったから今がある」と振り返る1球がある。たった1球で敗戦投手になった2006年夏の甲子園。球界屈指のムードメーカーが「甲子園史上最も壮絶な試合」とも言われる準々決勝、帝京(東東京)-智弁和歌山(和歌山)戦を振り返った。

前田監督から「3年間、ずっと言われ続けられました」

 名将・前田三夫監督から「おまえは生意気だから」と背番号「6」を渡された1年夏。5度ある甲子園のチャンスで最初の機会だったが、全国制覇へは「ラストチャンス」と意気込んでいた。周囲の期待をヒシヒシと感じ取っていたからだ。

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「いやぁ強かったですから。中村晃さん(現ソフトバンク)、大田阿斗里さん(元DeNA、オリックス)が僕の1年先輩にいて、とにかく3年生のレベルが高かった。プロ野球選手になった方はいませんが、1年生の時から主力で出ていた方たち。(高校3年間では)全国制覇のラストチャンスだったんですよね。僕なんて試合に出られるレベルでなかったです。とりあえず元気は良かったですけど。『監督と(遊撃を守るべき上級生の間で)何かあったのかな……』と思いながら試合に出ていたほどです」

 全国制覇を狙える先輩たちの夢を破ってしまった。前田監督からは「3年間、ずっと言われ続けられました」と咎められたという。それでも、あの1球から得たことは、とてつもなく大きかった。

「本当に人生が……。甲子園の1球で人生が変わったぐらい野球と向き合うようになりました。いざ上級生が抜けても、『僕のせいで負けた』というのが、ずっと付きまとったので。とにかく1プレーの責任感が強くなったと思います。あとは2年夏の(東東京大会の)決勝、修徳戦で勝ち越しタイムリーを打てたし、3番・遊撃で出させてもらった1年秋も準決勝、決勝としっかり打てた。なんだろう……。土壇場で強くなったなと思います」

「この1球、この1球という思いが日頃から本当に強くなりました。1つの死球では試合は変わらないですよ。たまたま、あの試合は変わっただけだ、とも思います。でも、そこから野球への取り組み方も変わりました」

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