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元ロッテ醍醐氏が死去 球団5位の1775試合出場、捕手として1698試合は史上8位

12月11日に81歳で死去した醍醐猛夫氏は昭和のパ・リーグを代表する捕手の1人だった。

1971年に4打席連続本塁打、オールスターに4度出場

 1971年7月3日、後楽園球場での東映とのダブルヘッダー第2戦では5回(杉田久雄)、6回(杉田久雄)、8回(尾崎行雄)と3打席連続本塁打。翌4日の同じカードでも3回(金田留広)に本塁打を打ち、2試合にまたがったもののNPBタイ記録の4打席連続本塁打を記録している。

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 同時期のパ・リーグには南海の野村克也がいたため、醍醐は一度もベストナインには選ばれていない。しかしオールスターには1965年、1968年、1969年、1971年の4度選出されている。

 毎日、大毎、東京、ロッテとチーム名は変わったがオリオンズ一筋。通算1775試合出場は、福浦和也(2235試合)榎本喜八(2161試合)、堀幸一(2064試合)、有藤通世(2063試合)に次いで球団5位になる。

NPB捕手出場試合数10傑

1 谷繁元信 2963試合
2 野村克也 2921試合
3 伊東勤 2327試合
4 木俣達彦 1998試合
5 古田敦也 1959試合
6 中村武志 1932試合
7 森昌彦 1833試合
8 醍醐猛夫 1698試合
9 阿部慎之助 1667試合
10 石原慶幸 1594試合

 醍醐は史上8位の1698試合でマスクを被っている。醍醐がプレーした頃のオリオンズは観客動員数が100万人に達することはなく人気球団とは言えなかったが、ロッテの球史に残る名選手だった。

(広尾晃 / Koh Hiroo)

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