1奪三振でノーヒットノーラン達成 西鉄で活躍した技巧派左腕、井上善夫氏が死去

通算47勝58敗、オールスターにも出場

 そんな中で井上は1964年、17勝を挙げてエース格となった。この年の5月16日、平和台球場での阪急戦で、井上はノーヒットノーランを記録。史上38人目、パ・リーグでは6人目の快挙だった。

 許した走者は四球と失策の2人だけ。この試合の奪三振はわずか1個。入団当初は球威で押すタイプだったが、この時期にはスライダー、カーブなどの球種で打たせて取る技巧派になっていた。スリークォーターでキレのあるボールを投げた。

 この年はオールスターにも選出され、第3戦に登板した。ローテーションが確立していない当時の西鉄で、井上は60試合に登板。29回先発するとともに17回も完了試合を記録した。

 翌1965年も11勝を挙げるが、登板過多の影響か翌年以降成績が急落する。1968年には、巨人にトレードされるが、V9時代の巨人ではほとんど出番がなく、1969年に自由契約となり、広島に移籍。以後、3シーズン主として救援で投げて1971年に引退した。30歳だった。広島では左打者へのワンポイントリリーフが中心だった。

 通算成績は379試合47勝58敗、1080回2/3を投げて612奪三振、防御率3.39。オールスター出場1回。

 打撃も良く、通算2本塁打19打点を挙げている。1962年には40打数10安打1本塁打10打点、打率.250と打者顔負けの成績を記録した。1961年には外野を3試合守っている。

 引退後は野球界を離れ、東京都内で飲食業を営んだ。

(広尾晃 / Koh Hiroo)

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