阪神スアレスが掴んだジャパニーズドリーム メキシコで語り継がれる右腕の物語
チームメートが語るスアレスの凄さ「メジャーの複数の球団からもオファー、注目の的だった」
当時、同じサルティージョでプレーしていたルイス・デ・ラ・オウ投手は振り返る。「彼は球がとても速く、コントロールもすごくよかった。日本だけでなく、メジャーの複数の球団からもオファーが来ていたから、注目の的だった」。同じく、チームメイトだったフェルナンド・ペレス・アブレウ投手もこう語る。「ロベルトが日本のチームと契約を結ぶことが決まった時には、仲間の間でも衝撃が走った。それほど凄いことだった。確かに球は速いし、試合でも抑えていた。スカウトもたくさん来ていたし、いいチームが彼を引き抜こうとするのは当然のこと。でも、いきなり日本の球団と、マイナー(育成)ではなくメジャー(支配下)契約を結ぶことになったから、驚きは大きかった。今でも当時のチームメイトたちと顔を合わせると『あの時、あいつまじで凄かったよな』って話になるんだ」。
メキシカンリーグは3Aレベルとされているが、実際には2Aと3Aの間くらいと球界関係者の間では言われており、メジャーのスカウトが頻繁に足を運ぶことはそれほどない。メキシコ人の若手有望株はすでにメジャー球団と契約し、その傘下のマイナーチームでプレーしている。20代中盤以降のメキシコ人は、メジャーの球団をクビになり、プレーの場をメキシコに移した選手や、メジャー球団から一度も声がかかることなく、メキシコ一筋でプレーしてきた選手が大半で、外国人選手も多くがメジャーや3Aでの経験がある30代のベテランばかり。つまり、獲得したい若手の年齢の選手で、実際に契約に至るまでの高いレベルの選手がほとんどいないからだ。
日本の球団も、スカウトが同リーグに定期的に視察に訪れているのはソフトバンク、巨人の2球団だけで、ほかの10球団はほとんど足を運ぶことはない。だが、当時はリーグ終盤の8月になると、ネット裏にはスアレスを獲得したソフトバンクだけでなく、メジャーのスカウトも20球団以上が視察に訪れていたという。ドミニカ共和国のウインターリーグなどと比べ、メジャースカウト陣の注目が低いリーグからの移籍だったからこそ、その衝撃は大きかった。
ちなみにその年、兄アルベルトはエンゼルス傘下の2Aでプレーしていた。だが、メジャーならまだしも、兄弟がマイナーでプレーしているという選手は珍しくなく、サルティージョの球団関係者、そして視察に訪れるスカウトらの間でも、当初スアレスの兄がプロ野球選手であることすら知られていなかった。兄アルベルトは翌16年にジャイアンツでメジャーデビューを果たしており、同球団関係者は「当時、もし兄が既にメジャーリーガーで、その弟だと知られていたら、もっと早い時期から積極的に獲得に乗り出していたメジャーの球団もあったと思う」と振り返る。