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「3年連続40本塁打」の偉業に挑む西武山川 過去に達成した8人の業績は?

現在のパ・リーグにおいて最高のホームランバッターを一人選出するとすれば、西武の山川穂高内野手の名を挙げる人の数は多いことだろう。2018年に47本、2019年に43本と2年続けて40本を超える本塁打を放ち、本塁打王も2年連続で受賞。2010年以降のパ・リーグで40本以上を放って本塁打王になったのは2011年の中村剛也内野手と、2018年と2019年の山川のみ。その長打力は、近年では傑出していると言える。

西武・山川穂高【写真:丹羽海凪】
西武・山川穂高【写真:丹羽海凪】

2010年以降に、パ・リーグで40本塁打以上を記録した本塁打王はわずかに2人のみ

 現在のパ・リーグにおいて最高のホームランバッターを一人選出するとすれば、西武の山川穂高内野手の名を挙げる人の数は多いことだろう。2018年に47本、2019年に43本と2年続けて40本を超える本塁打を放ち、本塁打王も2年連続で受賞。2010年以降のパ・リーグで40本以上を放って本塁打王になったのは2011年の中村剛也内野手と、2018年と2019年の山川のみ。その長打力は、近年では傑出していると言える。

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 2年連続で40本塁打を超えるというだけでもかなり高いハードルではあるが、3年連続で40本塁打以上を記録した選手となると、70年以上の長さを誇る日本プロ野球の歴史の中でもわずか8人しか存在しない。2020年のパ・リーグにおいて、その記録への挑戦権を手にしているのは、山川ただ一人となっている。

 さて、過去に3年連続で40本塁打を記録した8人の選手たちと、その活躍ぶりはどのようなものだったのだろうか。今回はその条件に該当する過去の強打者たちの業績を振り返っていくとともに、史上9人目の偉業に挑戦する山川の新シーズンの活躍に、あらためて期待を寄せていきたい。

○王貞治氏(元巨人)
2831試合 2786安打 868本塁打 2170打点 打率.301 長打率.634

本塁打王獲得回数:15回
13年連続本塁打王(1962年~1974年)
40本塁打達成年:1963年~1970年(8年連続)、1972年~1974年(3年連続)、1976~1977年(2年連続)

 言わずと知れた「世界のホームラン王」である王氏は、通算本塁打数の記録のみならず、NPB史上最多となる通算15度の本塁打王獲得という記録も保持している。1962年から1974年まで13年連続で本塁打王に輝いただけでなく、16年間で15度という驚異的なペースで同タイトルを獲得。1962年から引退する1980年まで実に19年連続で30本塁打以上を記録しており、積み重ねてきた数字は数々の偉大な強打者たちの中でも群を抜いている。

 本塁打だけでなく、通算13度の打点王、通算2170打点、9度のMVPもそれぞれ歴代最多。1967得点、5862塁打、2390四球、427個の故意四球、長打率.634という、長距離砲としての能力を示す数字も軒並みNPB史上最高で、1973年から2年連続で3冠王を獲得し、通算打率は.300超えと確実性も兼ね備えていた。長嶋茂雄氏と共にV9時代の巨人で国民的な人気を博した王氏は、NPB史上最高のホームランバッターと呼ぶに相応しい存在だろう。

○山本浩二氏(元広島)
2284試合 2339安打 536本塁打 1475打点 打率.290 長打率.542

本塁打王獲得回数:4回
2年連続本塁打王(1980年~1981年)
40本塁打達成年:1977年~1981年(5年連続)

 4番打者として広島の黄金期を支え「ミスター赤ヘル」と呼ばれた広島出身の山本氏は、本塁打王4度、打点王3度、首位打者1度に加えて、MVPを2回、ベストナインとダイヤモンドグラブ賞(現在のゴールデングラブ賞)もそれぞれ10度ずつ受賞。1970年から11年連続で2桁盗塁も記録し、走攻守の全てに優れた名手として、18年間にわたって地元のチームで躍動を続けた。

 30歳で迎えた1977年から5年連続で40本塁打、6年連続で全試合出場と、ベテランの域に差し掛かってから山本氏のバッティングはさらに凄みを増した。5年連続40本塁打は王氏に次ぐNPB史上2番目の長さであり、「世界の鉄人」衣笠祥雄氏と共に広島打線の中心として長きにわたって活躍。広島カープ史上最高の選手の一人であることに疑いの余地はなく、現役時代の背番号「8」は球団史上初の永久欠番となっている。

○野村克也氏(元南海、ロッテ、西武)
3017試合 2901安打 657本塁打 1988打点 打率.277 長打率.508

本塁打王獲得回数:9回
8年連続本塁打王(1961年~1968年)
40本塁打達成年:1962年~1965年(4年連続)、1970年

 野村氏は引退後に監督としても大きな成功を収めた人物だが、現役時代に残した数々の数字もまさに伝説といっていいものだ。守備の負担が大きい捕手というポジションを務めながら、8年連続、9度の本塁打王という、いずれもパ・リーグ最多の記録を樹立。1965年にはNPB史上2人目かつ、戦後初となる3冠王も獲得し、南海、そしてパ・リーグを象徴する選手として、攻守にわたって比類なき成績を記録し続けた。

 野村氏が残した業績の驚異的な点は、捕手というだけでなく、兼任監督という立場にありながら優れた打撃成績を残したところにもある。1973年には監督としてチームをリーグ優勝に導き、打率.309、28本塁打、96打点でリーグMVPを受賞。南海退団後も45歳まで現役を続け、通算11970打席、10472打数、113犠飛はいずれも歴代最多。間違いなく、捕手としてNPB史上最高の打撃を見せた選手だったと言えるだろう。

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