テレ朝・山本雪乃アナが忘れられぬ思い出 兄が小5の中田翔に浴びた2本の本塁打
テレビ朝日・山本雪乃アナ「私も高校球児になりたかった」入社後は熱闘甲子園なども担当
【私が野球を好きになった日19】
Full-Countでは選手や文化人、タレントやアナウンサーら野球を心から愛する人々の「私が野球を好きになった日」を紹介。第19回はテレビ朝日・山本雪乃アナウンサー。父は岡山リトルリーグの会長で、2人の兄はチームでプレー。家族写真に収まる笑顔の少女は自然と野球に導かれていった。
スポ―ツ番組やバラエティに出演するなど活躍している山本アナ。昨年の世界野球プレミア12のPR動画では、マイクを金属バットに持ち替えて、力強く、そして鋭いスイングを繰り出し、野球ファンを沸かせた。それができたのは、物心がついた時から、野球は生活の中心にあったから。6歳上の長兄と、4歳上の次兄に連れられ、週末は岡山リトルリーグの練習や試合へ。朝から晩まで、同じ境遇のナインの弟妹たちとグラウンドそばの河川敷で遊んでいた。
「5歳の時には黄色い革のグラブを買ってもらいました。家の前で父や兄とキャッチボールをするのが大好きでした。ボールを投げ合うだけなのに、なんでこんなに楽しいのだろうと不思議でした。その時にはもう、自然と好きになっていたかもしれません」
コーチだった父は兄たちが卒団してから約20年、岡山リトルリーグで会長を務めている。上の兄は捕手、下の兄が投手で、“兄弟バッテリー”を組み、全国大会に出場する実力があった。岡山では強豪と評判だった。
試合応援で、忘れられない思い出を聞くと「兄が打たれたホームラン」と返ってきた。
「3本あるんですが、実は後にプロ野球に進んだ選手たちに打たれたものでした。元西武の松下建太さんと、現・日本ハムの中田翔選手です」
中でも2学年下の中田には1試合2本塁打を浴びた。卒団前、最後の公式戦の一回戦だった。岡山リトルは優勝候補の一角で初戦の相手は広島鯉城リトルリーグ。広島の太田川の河川敷での試合だった。
「リトルリーグはメジャーとマイナーに年齢で分かれています。その日は最後の公式戦ということもあり、打席にはそれまで対戦したことのない、ちょっと“ぽっちゃり”した二学年下の選手が代打で出てきました。その選手こそが、当時マイナーチームにいた小学5年生の中田翔選手でした」
マイナーですごい選手だとは聞いていたが、兄いわく「衝撃が走った」という。1打席目、バックスクリーン方向へ大飛球を放たれた。そして迎えた第2打席。固唾を飲んで見守った。
「たまらなく悔しかった兄は、1打席目と同じストレートを力いっぱい投げました。しかし、またホームラン、それもセンターバックスクリーン方向でした」
全国大会まで進んだが中田の2発で、まさかの一回戦敗退となってしまったことを今でも鮮明に覚えている。後日談で、兄がそこでプロ野球選手になる夢を諦めたことを知った。
「松下選手も中田選手も半端じゃなかったと言っていました。兄は『中田翔選手と河川敷でプロレスをして遊んだことがある』というのは今でも自慢話です。中田選手は覚えていないと思いますが(笑)」