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「あいつならできそうな気も…」 阪神OB藪氏も太鼓判、新庄剛志氏のNPB復帰は?

元阪神エースの藪恵壹氏は、17年間の現役生活の中でNPB、MLB、メキシコと3つの国で野球をプレーし、数多くのチームメートと出会ってきた。個性豊かな面々ばかりだったというが、1994年にプロの門を叩き、11年を過ごした阪神で最も強烈なインパクトを残したチームメートは誰だったのだろうか。

阪神OBの藪恵壹氏【写真:荒川祐史】
阪神OBの藪恵壹氏【写真:荒川祐史】

藪氏が大絶賛する新庄氏「足は速いし、肩は強いし、バットに当たればボールは飛ぶし」

 元阪神エースの藪恵壹氏は、17年間の現役生活の中でNPB、MLB、メキシコと3つの国で野球をプレーし、数多くのチームメートと出会ってきた。個性豊かな面々ばかりだったというが、1994年にプロの門を叩き、11年を過ごした阪神で最も強烈なインパクトを残したチームメートは誰だったのだろうか。

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「それはもちろん、新庄(剛志)くんでしょう。凄いですよ、彼は。身体能力は半端なかった。足は速いし、肩は強いし、バットに当たればボールは飛ぶし。持っている能力としては、本当はイチローくらいの成績を残していてもおかしくないですよ」

 藪氏は新庄氏より3学年年上だが、東京経済大、朝日生命を経て、1993年ドラフト1位で入団。1989年ドラフト5位で入団した新庄氏は、プロ野球界では先輩に当たる。1992年には亀山努氏との“亀新コンビ”で大ブレイク。2000年オフに米メッツに移籍するまで、藪氏とは7年チームメートだった。

「ちょうど弱い時代だったから、新庄もかわいそうだった。僕が入団した94年は、まだなんとなく亀新フィーバーの余波があって4位。130試合で62勝だったんですよ。でも、翌年から6位、6位、5位、6位、6位、6位。一緒にプレーした7年は6位の割合が多くてね」

 この7年間で、監督は中村勝広氏、藤田平氏、吉田義男氏、野村克也氏の4人が務めるなど、チーム状態は安定せず。沈む阪神ファンを楽しませてくれたのが、プレーはもちろん普段の行動から話題に事欠かない、華のある新庄氏だった。

「夜の街に遊びに行く時も、クソ暑い夏にニット帽を被って、夜なのにサングラスして行ったり(笑)。オフの契約更改の時は毎年必ず車を変えて、スポーツカーで乗り付けるのが定番になっていましたね。そのうち戦車に乗ってくるんじゃないかって言ってましたよ(笑)。一時期、ランボルギーニのカウンタックに乗っていた時、新庄が『クラッチが重くて腰が痛くなるんです』って言うんですよ。さらに『伊丹空港まで一往復したらガソリンが空になっちゃうんです』って。もう乗るの止めろよってね(笑)。腰は痛くなるし、燃費は悪いし、車にガソリン積んでおかないとダメだろって」

 ただ、こういった行動もファンの目を意識してのものだったのではないか、と藪氏は言う。誰もが驚いた2000年オフのメッツ移籍について、こう振り返る。

「新庄の思考は独特で、考えていることが想像つかない。でも、あの移籍は狙っていたと思いますよ。阪神ファンを常に意識していた部分があって『これやったらファンをアッと驚かせることはできますかね?』みたいなことは、いつも言っていましたから。その究極の形が、メジャーに行って活躍することだったんじゃないですかね」

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