地元TV局からオファーも…元中日ドラ1・山内壮馬が歩む大学指導者の道「やりがいがある」
投球フォーム指導では自身の失敗談も「自分の時は時間がかかったけど、すんなり直してくれると嬉しいですね」
フォームを崩してしまう選手には、自身の失敗談を披露している。「自分も、3年生の時にカットボールを覚えたことで、直球が横回転になり、コントロールが悪くなってしまったんです。その時は感覚で直したんですが、プロに入ってからもう一度出てしまい、簡単にストライクが取れなくなってしまった。恐怖だった。体の使い方が横振りになっているのが分かってからは直すことができたんですが、結構苦労しました」。この話をすることで、学生たちは自身のフォームを見つめ直す。「自分の時は時間がかかったけど、すんなり直してくれると嬉しいですね」。
コーチ就任2年目の秋には、自身が3年生だった06年の春以来、12年ぶりに愛知学生野球1部リーグ優勝を勝ち取った。「選手の時は自力でできるけど、指導者だとやるのは選手たち。いくら自分が強い気持ちを持っていても、自分ではプレーできない。選手に気持ちを強く持たせないといけない。指導者になってからの優勝のほうが嬉しかったですね」と、当時を懐かしむ。
実は、中日入団時、単位を残し、大学を卒業できていなかった山内コーチ。プロ入り後、大学は一旦休学していたが「せっかくお世話になったのに、このまま辞めるのも申し訳ない」と、中日入団5年目から2年間復学し、レポートなどを提出することで、10年かけて法学部を卒業している。「卒業できるチャンスがあるならしたいなと思った。でも、自分1人では無理でした。本当に色んな方に助けられました」。
プロ5、6年目というと、1軍で先発ローテの一角を担っていた時期だ。「野球もあるから授業にいけなくて、分からないことばかり。頭のいい福谷(浩司)や球団の方に教えてもらい、投げない日はナゴヤドームでも空き時間にレポートをやっていました」。だが、その努力があったからこそ、今の立場がある。「あの時卒業していなかったら、コーチの話もこなかったと思うし、(中退では)戻れなかった。卒業しておいてよかったです」と、プロで活躍する陰で、28歳まで学生をしていた当時を懐かしむ。
安江監督は「うちの大学のOBで、プロで勝ち星も挙げている。経験豊富な彼に声をかけない理由なんてなかった」と話し「安心して任せているし、後輩たちにいい指導をしてくれています」と、指導者として母校に戻ってきてくれた山内コーチに信頼を寄せている。
「大学生はプロよりも完成されていない分、急にポンと伸びることがあって、やりがいがある。今は目の前のことで精一杯で、先までは見えていませんが、しばらくはコーチを続けようと思っています」
今年のドラフトでは、17、18年と2年間指導した卒業生の栗林良吏(りょうじ)投手がトヨタ自動車からドラフト1位で広島に指名され、初めて教え子がプロ入りを果たした。山内コーチにとっては“ご褒美”とも言える嬉しい知らせ。手塩にかけて育てた後輩のプロ入りを励みに、今日も母校のグラウンドに向かう。
(福岡吉央 / Yoshiteru Fukuoka)