田中幸雄氏が生涯唯一「我を忘れた瞬間」 新庄の優しさに触れた本塁打取り消し事件

常に冷静を保っていた田中氏が「我を忘れた瞬間」

 田中氏は後悔の念から、本塁にできていたサヨナラの歓喜の輪に入れなかったという。あれから月日は16年が経過。それでも思いは変わっていない。自分が年上だったから、新庄氏はそのまま受け入れてくれたのだろう。年下だったら、静止していたのかもしれないとも考えた。

「その日にごめんって謝りました。そしたら(新庄氏は)全然、大丈夫ですよーって。見たままのあんな感じで、ケロっとしてました。彼だから、そういうふうにしてくれたんだと思います」

 新庄氏の優しさ、人柄に触れた瞬間でもあった。そして、自分自身も知ることのなかった一面を呼び起こしてくれたことへの感謝もあった。

「自分があれだけ喜ぶと言うのは、それまでなかったんですよね。相当(サヨナラ勝利が)嬉しかったんでしょうね。どちらかというと、極力、そういう(興奮)のを抑え、冷静に、冷静にという思いでやってきた。性格として、恥ずかしさとか、目立ちたくないっていう気持ちが強くあるので……」

 田中氏は普段から言葉が多いタイプではないと自認する。新庄氏やチームメートと食事やお酒の席を楽しむことはあるが、常に冷静さを保っていた。そんな自分が「我を忘れた瞬間」というのが、この試合のラストシーンだった。

「いまだに本当の自分が出せてないなと思っています。本当の自分ってどうなんだろうな、素が出たらどうなんだろうなって、我を忘れて自分の性格のままに動いたらどうなんだろうなと考えたこともあるくらいなんです」

 ほとんど出したことのない、心の奥底にしまっていた感情はあの時、新庄氏の本塁打によって、溢れ出た。本塁打を取り消してしまったという申し訳ない思いとともに、本能を呼び起こしてくれた興奮と喜びも田中氏は一生、忘れることはない。

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