データを活用できるのは一流選手だけ? 動作解析の第一人者が警鐘を鳴らす使い方は…

データを野球に活用する時は「木を見て森を見ず、になってはいけない」

 これまで蓄積された膨大な動作解析のデータから、球速を上げるためには何をするべきか、大まかな方法論=メカニクスは見えている。だが、その方法論を万人に対してそのまま実践すればいいのかと言えば、そういう訳にはいかない。
 
 例えば「下がっている肘を高く上げよう」と言った時、肩甲骨や肩関節の動きの悪い人が無理に上げ続ければ怪我に繋がってしまう。その場合、まずはトレーニングで肩甲骨や肩関節の動きを良くした後で、肘を高く上げるという動作に移る必要がある。そこで、川村准教授は同大学に集まる専門家でプロジェクトチームを作り、動作解析で得たデータを参考にしながら、選手の体に合ったトレーニングをしたり、選手の体が持つポテンシャルを引き出したり、目指す結果を得るために必要な土台=体作りから実践している。

 もちろん、体作りから取りかかるとなれば時間が掛かるが、土台作りを疎かにしないのには理由がある。川村准教授は「僕らもいっぱい失敗をしているんです」と、バツが悪そうに振り返る。

「初めの頃は、動作解析から見えてきたメカニクスを、そのまま学生にやらせてみたこともあります。実際に球が速く投げられるようになって、みんなで喜ぶ。でも、2週間くらい経つと学生が『肘が痛い、肩が痛い』と言うんですね。その理由は2つあって、1つはその球速に耐えうる体が出来上がっていないということ。体が出来上がっていないのにメカニクスが良くなったので負担がかかってしまった。もう1つは、球速が上がったことを喜んで、今までにないくらいたくさん投げるようになってしまった(笑)。こういう失敗を何度か繰り返し、今に至っています」

 自身が経験した失敗を踏まえながら、川村准教授はデータを野球に活用する時は「木を見て森を見ず、になってはいけない」と警鐘を鳴らす。

「球速が上がったとしても、それで怪我をしてしまったら意味がない。“今”だけではなく、継続して長い目で見ることが大事だと思います。特に、ピッチャーもバッターも瞬間的に体を動かすので、いかに体の動きが習慣化されたものとして身についているかが大事になってくる。そうなると、野球の練習以外の動きも実はすごく重要になってくるんですね。

 データや科学は使い方次第。僕もそれだけを鵜呑みにしているわけではなく、1つのツールとして使っている感じです。データから見えた選択肢を示しながら、カウンセリングで選手の感覚にアプローチする。使い方次第で、科学は毒にもなるし宝にもなる。そういったことも、私たちはもっと伝えていかないといけないですね」

 誰でも手軽にデータが手に入るようになった今、選手や指導者がデータに支配されることなく、いかに主体的に使いこなしていくかが、大きなカギを握ることになりそうだ。

(佐藤直子 / Naoko Sato)

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