父は元中日ドラ1位右腕 社会人からプロ入り目指す“世代No.1遊撃手”の今

尊敬する父が根付かせてくれた遊撃、意識が変わった夏の甲子園で2エラー

 父の“先見の明”もあって中京大中京ではショートで起用された。1997年センバツ準優勝時の主将で遊撃だった高橋源一郎監督から守備を学んだ。順調に力をつけて迎えた高2の夏、出場した甲子園でまさかの2失策。一塁送球ではなく、捕球後の二塁、三塁への“ショートスロー”の悪送球だった。そこから、守備に対して意識がさらに変わった。

「一球一球、一つのアウトにこだわりを持つようになりました。バウンドが合わなくても、体のどこかで止めよう、と。キャッチボールではショートスローの練習で、手首のリストだけを使い、5分くらいずっとボールを投げたりしていました」

 放課後の練習で球を受けなかった日はないくらい、ノックを受け続けた。幼少期からの父の教えも活き、捕球ミスはほとんどしなかった。大舞台での2失策はあったが、佐藤の守備への評価は高く、プロのスカウトも注目する存在だった。3年夏の甲子園出場は逃すも、日本代表入り。甲子園で躍動した好選手よりも、堅実なプレーでレギュラーの座をガッチリキープした。

 守備は一級品でも打撃、走塁においてはプロのレベルにはまだまだだと法大進学を決意。3年時から本格的にリーグ戦に出場し、開催が夏となった昨年の東京六大学リーグはチームを3季ぶり46度目の優勝に導いた。だが、プロ志望届の提出はここでも見送った。

「春の結果が良ければ(プロ志望届を)考えたんですが、コロナの影響で実戦も積めなかった。(ロッテドラフト3位指名の)国学院大の小川(龍成)くんの遊撃の守備は、めちゃめちゃうまいです。まだまだ、かなわないですね。自分のバッティングにおいてもミスショットもありますし、まだまだ足りないです」

 取材はオンラインで行った。開始した時から画面の向こうより、金属音が聞こえていた。年明けから佐藤は母校・中京大中京でトヨタ自動車の入寮前までの時間を過ごしていた。同社は佐藤が憧れるショート・源田壮亮内野手(現西武)がプレーした場所でもある。

「もっともっと安定感のある守備を目指したいですし、打撃も左中間、右中間と広角に打てるバッターになりたいです。社会人で評価を上げて、また(プロの世界を)目指したいと思います」

 そう言い残し、グラウンドへ戻って行った。尊敬する父がいたからこそ、うまくなれた。その父がプロだったからこそ、甘い世界でないこともわかった。昔から父にずっと言われていたことがある。「プロで飯を食うなら『覚悟を決めないといけないぞ』」――。自分に課すハードルは自然と高くなる。父との思いを胸に次のステップへ歩を進める。

【表】投手は後に全員がプロ入りを果たす快挙 2016年の「侍ジャパン」U-18代表メンバー一覧

RECOMMEND

KEYWORD

CATEGORY