普通の選手から金メダリストへ “神救援”ソフト後藤を変えた米エースの背中

トヨタ自動車で米国代表左腕・アボットからエースの心得学び、急成長

「五輪に出たいと小学生の夢で書いたが、具体的なイメージをしていたのではなく、小学生が考えることです。本格的に日本代表を意識するようになったのは、実業団に入ってから」

 後藤は高校卒業後、トヨタ自動車に進んだ。ここで、日本のトップを目指す意識が芽生えた。特に大きかったのが、同じ左腕でチームメートのモニカ・アボット投手の存在だった。東京五輪にも出場した米国のエースから、投球技術やマウンドでの心構えを学んだ。「世界のレベルを知ることができた。技術の高さはもちろん、人間性や意識の高さ、自分に足りないところが見えた」。目指すべきレベル、エースの心得を知った。

 今季のリーグ戦で、後藤の成長を感じさせる言葉がある。5月の豊田自動織機戦。リーグ優勝のためには落とせない首位を争う相手との一戦で、自身初のノーヒットノーランを達成した。「チームの期待に応えるのも私の仕事」。1点の援護を守り抜いた後藤は、エースの自覚にあふれていた。20歳にしてまとう覚悟と責任感。五輪の大舞台でも不変だった。

 女子ソフトボール日本代表が北京大会で金メダルを獲得した2008年、後藤はソフトボールを握ってさえいなかった。高校を卒業した2年前は、五輪がぼんやりとした夢でしかなかった。「1分、1秒を大事にかみしめて、ソフトボールを続ける上で成長する経験にしたい」と臨んだ初めての五輪。金メダルに貢献した中心選手として夢を実現させた。

(間淳 / Jun Aida)

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