「もしもし甲斐です」に表れた献身 重圧と戦い続けた侍J・甲斐拓也の東京五輪

五輪代表選出で溢れた胸中「とても楽しい場ではない」

 そこには、少しでも投手に不安なくマウンドに上がってもらいたい、という思いがある。投手の考えを吸い上げ、自分の考えを伝える。投手の迷いを少しでも取り除き、投げてもらいたい。普段、チームが違う投手と捕手。さらに言えば、コロナ禍でコミュニケーションも取りづらい状況。その中で、少しでも登板前の投手とコミュニケーションを取るために、と思いついたのが、ブルペン電話を使った“もしもし甲斐です”なのだろう。

 試合後のテレビインタビューで「苦しかったですね……」と、ようやく表情を崩した甲斐。五輪中、いや、五輪を迎える前からとてつもないプレッシャーと戦っていたのだ。あとにも先にも、もうないかもしれない東京五輪。悲願の金メダルを目指す侍ジャパンの一員に選ばれた。しかも、勝敗に直結する大きな重責を担う捕手という立場。五輪代表選出という朗報にも、重圧の大きさに「とても楽しい場ではないですよ」と溢したこともある。

 五輪期間の5試合は重圧と疲労と戦い続けたことだろう。グラウンドを離れても、普段、対戦経験のない他国の打者たちのデータを頭に叩き込まねばいけない。普段から宿舎の自室で映像、データと睨めっこするのが常。ノートに選手の特徴、データを書き込み、それを頭に叩き込んだ。この五輪でも、相手の打者の特徴を記したノートは甲斐の傍にあった。

「自分のプレーよりも勝ったのが1番。打てなくてもチームが今日みたいに勝てればと思いました。チームが勝ったのが1番です」。こう語る表情は疲労とプレッシャーから解き放たれた安堵に満ちていた。侍ジャパンの正捕手として金メダルに導いた甲斐。影のMVPと言っていいだろう。

(福谷佑介 / Yusuke Fukutani)

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