侍ジャパン稲葉監督は「野村ID門下の優等生」 ヤクルト時代の先輩が明かす素顔

「決して弱音は吐かず、闘志を内に秘めていた」

 2009年WBSCプレミア12で優勝した時の、気心の知れたメンバーを土台にチームを編成した。「選手の特長を把握し、信頼して采配を振るっていたと思う。選手もそれによく応えていました」とうなずく。

「稲葉監督は現役時代から、感情を表情には出さないタイプ。決して弱音は吐かず、闘志を内に秘めていた。人柄は誠実で、稲葉のことを悪く言う声は聞いたことがありません」と当時を振り返る。

 千葉・拓大紅陵高から1987年にヤクルト入りした飯田氏に対し、稲葉監督は法大を経て1995年に入団。飯田氏の方が4歳上で、ともに2004年まで在籍した。1990年から98年まで監督として指揮を執った野村氏からは「ID野球」を存分に注入された。

 特に稲葉監督は、野村氏自身がヤクルト監督在任中、当時明大野球部に所属していた長男・克則氏(現楽天育成捕手コーチ)の応援で東京六大学リーグ戦を訪れた際、法大にいた稲葉監督の打撃に目を付け、この年のドラフト3位で指名したのは今や有名なエピソードだ。「常に一生懸命な稲葉監督は野村さん好みで“優等生”でした」と飯田氏は言う。

 選手として出場した2008年の北京五輪ではメダルなしに終わったが、13年後に監督としてリベンジを果たした。日本野球界の悲願をかなえた稲葉監督は、どこに次のステージを求めるのだろうか。

(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)

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