荻窪から一緒に球場へ…目の前で見た55本塁打 憧れの父追うカブレラJr.の日本愛

茨城アストロプラネッツのラモン・カブレラ【写真:千葉麗美】
茨城アストロプラネッツのラモン・カブレラ【写真:千葉麗美】

ラモン・カブレラの父は西武などで357本塁打を放ったアレックス・カブレラ

 メジャーリーグではチャンスを掴めなかったものの、ジャパニーズドリームを目指してやってくる多くの外国人選手たち。その中でも活躍できるのはわずか一握りだが、言葉も通じない国で奮闘する姿にファンは心を動かされる。今季からルートインBCリーグの茨城アストロプラネッツでプレーしているラモン・カブレラ捕手もその一人だ。【工藤慶大】

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「日本でのプレーを本当に望んでいました」

 メジャー経験もあるカブレラが、独立リーグでも日本でプレーしたいと思ったのには理由がある。それは日本で愛された父親の姿が脳裏に焼き付いているからだ。カブレラの父は西武、オリックス、ソフトバンクで通算357本塁打を放ったアレックス・カブレラ。2002年には当時の日本タイ記録となるシーズン55本塁打を放ち、本塁打王にも輝いた西武のレジェンドだ。

 父がスターダムに登り詰める瞬間をもっとも間近で見ていたのは他ならぬ息子だった。当時は住んでいた荻窪から球場へ2人で通う毎日。「練習が始まる前にバッティング練習をさせてもらったり、ほぼ一緒に生活していました。試合中はホームプレートの後ろで必ず観ていました。本当に幸せでした」と、忘れられない思い出になっている。父だけではなく当時のスター選手だった松井稼頭央(現2軍監督)、松坂大輔らは今でも尊敬してやまない。

 特に記憶に残っているのは2002年だ。前半戦は不調だったアレックス・カブレラだが、ラモンが来日すると一気に加速してタイトルを掴み取った。そのことを後に父からこう聞かされたという。

「悩んでいるときに家族が来て、遊んだりすることでリラックスできた。それが野球の面での充実にも繋がった。だからその年はスペシャルなんだ」

 家族で勝ち取った父の成功。その姿を追って野球の世界に飛び込むと2008年にパイレーツと契約してプロ入り。2015年にレッズでメジャーデビューすると、2016年には61試合に出場。2年間で53安打、4本塁打をマークした。

原点は両親の教え「違う国には違う文化がある。それをリスペクトすること」

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