松坂大輔、涙の裏側 イチロー氏の“心遣い”「雰囲気まとえる大人になりたい」

西武・松坂大輔の引退セレモニーに登場した東尾修氏(右)【写真:荒川祐史】【写真:荒川祐史】
西武・松坂大輔の引退セレモニーに登場した東尾修氏(右)【写真:荒川祐史】【写真:荒川祐史】

ファンの前で「約束してほしい」と迫る東尾氏にタジタジ

 一方、やはり花束を手に駆け付け、大勢のファンの前で松坂に「ひとつ、あなたが私に果たしていない約束がありますね? わかってますよね?」と問いかけたのは東尾氏だった。

 1998年のドラフト会議で、当時西武の監督だった東尾氏は横浜(現DeNA)、日本ハムとの競合の末、横浜高の松坂の交渉権を引き当てた。それでも「自分の意中は横浜ベイスターズ」と言い放った平成の怪物を、自身の通算200勝達成時の記念ボールをプレゼントして口説き落とした。松坂は自分が通算200勝して記念ボールを“お返し”する約束を交わしていたが、現役生活の終盤は相次ぐ故障に苦しみ、日米通算170勝に終わったのだった。

 そこで東尾氏は「ここで新しい約束をしてほしい。今度帰ってくる時は、ライオンズ以外のユニホームを着たらダメだぞ!」と厳命。「大輔自身の口から、守りますと言って下さい」と迫った。松坂は慌てて「こればかりは僕が(監督・コーチを)やりたいと言ったからといって、戻って来られるわけではない。ライオンズに声をかけてもらえるように、これからも野球を勉強します」とかわすしかなかった。

「東尾さんの顔を見ると、一気にルーキーの年に引き戻されように、記憶がよみがえってきます」

 松坂は懐かしむように言う。「実は東尾さんとは昨日も、別の仕事で一緒だったのですが、全くこんな雰囲気はなくて、お疲れ~って帰っちゃった」と明かし、「(東尾氏の現役投手時代の)相手バッターに悟られない姿を感じました」と苦笑した。それはプロ入りからの3年間で“東尾監督”から学んだ投球術でもあった。

 東尾氏が触れた指導者への転身について、松坂は報道陣の前でも「正直言って、今すぐにというのはない。まだまだ勉強しなければならないことがある」と強調した。とはいえ、松坂には青いユニホームとこの球場がよく似合う。改めてそう印象付けた1日だった。

(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)

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