大谷翔平の141m弾は「シュール」 米在住記者に刻まれたマグワイアを超える衝撃 【マイ・メジャー・ノート】第1回

ドジャー・スタジアムで打席に立つカージナルスのマーク・マグワイア【写真:Getty Images】
ドジャー・スタジアムで打席に立つカージナルスのマーク・マグワイア【写真:Getty Images】

浮かんだ名画のワンシーン、等身大の大谷翔平をなぞることに気づかされる

 ほぼ毎試合に出場し、内野の正面を突くゴロ以外は際どいタイミングで一塁を駆け抜け、投打二刀流の元祖で知られるベーブ・ルースが持ち合わせていなかった能力を見せつける大谷を、米メディアは「アンリアル(非現実的)な存在」と仕上げたが、裸眼で追った141メートル弾には、「この上ない現実=シュール」がくまなく染みわたる。

「シュール」は、ヨーロッパの文学や絵画における芸術潮流の一つ“surrealisme(シュルレアリスム)”が語源だが、「超現実主義」と和訳された結果、前衛的なニュアンスを持つようになった。しかし、調べると、フランス語の接頭辞“sur-”には、強調のニュアンスがあることから、「現実以上の現実と考えてもいい」との説明があり、「シュール(シュル)は現実表現の一つにほかならない」と本質を噛み砕いている。もっとも「奇抜で現実離れした」の意味で使われている日本語の感覚とはまったく違う。

 くだくだしい説明はここまで。非現実的な概念と錯覚させられるのが「シュール」だと認識できれば、大谷が放った33号は、その“シュール”でスッポリはまる。

 現実以上ともいうべきあの打球の“語感”をつかむと、ほのかに見えてきたものがあった。

 強い西日が差すアッパーデッキのシートから仰ぎ見た、いつもは気にもしないナイター用のLED電球である。夢の世界の入り口へと誘われた。浮かんだのは、映画『ナチュラル』の語り草になったクライマックス・シーンだ。

 名優ロバート・レッドフォードが扮する主人公ロイ・ハブスが、左打席から見舞った打球が照明灯の電球を直撃するそのシーンには、「大谷の打球も、風が味方をすればひょっとしてあそこに届くかもしれない」という期待感が重なった。そして、視線を戻すと、ハブスの「生まれながらの才能の持ち主」を意味するタイトルの『ナチュラル』が、等身大の大谷翔平をなぞることに気がついた――。

 24年前のある日のドジャー・スタジアム。カージナルスのマーク・マグワイアが打撃練習で放った左中間スタンド後方の大スクリーンを超える打球に、底知れぬ力量を感じさせられたのを覚えている。しかし、昨夏の大谷のあの一発にはそれ以上の驚きがあった。

 ステロイド使用が蔓延した時代から四半世紀。薬物とは一切無縁な、“ナチュラルな”大谷翔平が描いたメジャー通算80本目のアーチは、表現イメージの思索と想像力の介添えが働き、記憶に深々と刻み込まれた。

○著者プロフィール
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続ける在米スポーツジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。シアトル在住。【マイ・メジャー・ノート】はファクトを曇りなく自由闊達につづる。観察と考察の断片が織りなす、木崎英夫の大リーグコラム。

(木崎英夫 / Hideo Kizaki)

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