元阪神・小林繁が遺した「ノート」 MVP左腕が“夢追う野球人”へ伝える若き日の財産

今季からBC栃木で兼任コーチを務める吉川光夫【写真:羽鳥慶太】
今季からBC栃木で兼任コーチを務める吉川光夫【写真:羽鳥慶太】

吉川を勝てる投手にした「ポイントを締める」というアドバイス

 左腕から150キロ近いボールを投げられる吉川の、大成を阻んでいたのは制球難だった。それはフォームの“再現性”が低く、いつも同じフォームで投げられないことが原因。そこで小林氏の「ポイントを締める」という言葉がヒントとなった。自分の投球フォームにチェックポイントをたくさん作ったところで、できないだけ。1つでいいから、とにかくきちんとできるようにしようという趣旨だった。吉川の場合のそれは「手の甲」だ。フォームの中で向きを意識することで、体の近くで強く、同じように腕を振れるようになった。

 4年越しの12連敗を喫していた投手が、一躍エースへ。ダルビッシュ有投手(現パドレス)が抜けた投手陣を支えた。「2012年は投げていてリズムがあった。フォームに一定のリズムがあったと思うんです」。その後、肘や肩を痛めて再び苦しむことになるものの、忘れられらない感覚だ。

 吉川はNPBへの復帰を目指して、栃木にやってきた。兼任コーチと言う肩書はあるものの、チームにはまず現役投手として期待されている。ただ、海外でのプレーも考えた中で栃木のオファーを選んだ裏には、将来的に指導者をやってみたいという理由もある。コーチとしては1年生、教え方は試行錯誤の日々だ。

「伝えるって本当に難しい。本当に伝わっているのかな? と思うこともありますし」

 そんな時にも、小林ノートが助けになってくれるのかもしれない。「選手が情報過多になってしまうことには気を付けないといけませんけど、『俺が21、22歳の時に教えられたこと』として見せることもあるかもしれませんね」と考えている。さらにコーチとしては「選手の話を聞くのがスタートだと思うので、答えは与えるのではなく、出させます。考えさせるんです」というベースがある。これも小林コーチの話を、ノートに刻み付けながら考えた若き日の財産だ。

 小林氏は、江川卓のトレード相手として一躍名を挙げた。長嶋巨人のエースとして活躍していたが1979年、ドラフト指名された阪神入団を拒んだ江川の“身代わり”としてライバル球団に移籍し、巨人相手に8連勝。シーズン22勝を挙げ意地を見せた名投手だ。引退後はテレビのキャスター業の後、近鉄で指導者に。日本ハムでは2軍で1年間指導し、1軍昇格が決まっていた2010年の年明けに突然この世を去った。ひそかに受け継がれた野球論が、今度はNPBを目指す若い選手にヒントを与えるのかもしれない。

(羽鳥慶太 / Keita Hatori)

RECOMMEND

KEYWORD

CATEGORY