イチローの恩師を生んだ「テレビ観戦」 野村克也に見い出された“安打製造機”

大学4年時に日米大学野球に出場、野村氏がテレビ観戦「ボールの見逃し方がいい」

「大学に進学すると話していたんですがね……。それまでスカウトも来ていなかった。私の中では冷やかしでドラフトにかけられたと思っていますよ(笑)」

 事前の連絡がないまま、後に在籍することになる近鉄がドラフト9位で新井氏を指名したのだ。今では考えられないが、ドラフト後の指名挨拶もなく、スカウトからの連絡もなかったという。もちろん自身の思いは変わらず、法大に進むと2年春からレギュラーを獲得。そして、4年時には「第3回日米大学野球選手権」の日本代表にも選出された。

 大会序盤は出場機会がなかったが、レギュラー外野手が不振に陥ったことで出番が回ってきた。この試合をたまたまテレビで観戦していたのが、南海で選手兼任監督として活躍していた野村克也氏だった。

「野村さんは『あいつはボールの見逃し方がいい』とスカウトに話をしていたようです。大学である程度、結果は残していましたが、そこまで注目もされていなかった。実際にスカウトからは『足は大したことない、肩は強い』と評価されていて、自分のスタイルと全く逆のことを話していた。それだけ南海のスカウトも注目していなかったということでしょう」

「最終的に2000本ヒットを打つことが出来た、それが恩返し」

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