手術で40針…溢れた涙「自分の手じゃないみたい」 元中日ドラ1が直面した“激変”

「一生懸命投げすぎだ」…ストレートの球速が飛躍的に上昇

 目に見える“進化”も、大きな支えとなった。手術前まで直球の平均球速は139キロ前後だったが、2020年は144キロに飛躍的に上昇。最速150キロまで出るようになったのは、何より指揮官からの助言が大きかった。

「打たれていいから、軽く投げろ。一生懸命投げすぎだ」。当時2軍監督だった仁村徹氏から言われ、気づきを得た。無駄な力が取り除かれたことで、持ち味のしなやかなフォームが存分に生きる。「真っ直ぐしか投げるな」と言われ、ほぼ直球のみで実際に2軍戦で5回途中まで無安打に抑えたこともあった。

 ただ、1軍に呼ばれないまま戦力外に。2021年は育成選手として阪神で再出発を切ったが、キャンプで左脇腹を痛めて出遅れた。2軍で20試合に登板して3勝2敗1セーブ、防御率1.73の成績を残したが、2桁背番号が与えられることはなかった。

 昨季限りで現役を引退。結果だけ見れば、手術をしてから1軍登板は果たせなかった。それでも苦しみ、もがきながら“新しい自分”を見つけていった試行錯誤の日々には胸を張る。「いろんな方にも支えてもらいました」。今も手のひらに残る手術痕は、これからの人生を支えてくれる“不屈の証し”でもある。

○著者プロフィール
小西亮(こにし・りょう)
1984年、福岡県生まれ。法大から中日新聞社に入社。石川県や三重県で司法、行政取材に携わり、中日スポーツでは主に中日ドラゴンズやアマチュア野球を担当。その後、「LINE NEWS」で編集者を務め、独自記事も制作。2020年からFull-Countに所属。

(小西亮 / Ryo Konishi)

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