「自衛隊」「回転寿司」と打撃の共通点は? ドラフト候補へ成長させた元プロの“珍言”
長嶋一茂氏と立大でクリーンアップを矢作公一氏が恩師
矢作コーチは埼玉・立教高(現・立教新座高)から立大に進み、当時、長嶋一茂氏(ヤクルト、巨人)とクリーンアップを打っていた強打者だった。1988年に日本ハムに入団し、92年に引退。現在は、浦和リトルシニアのヘッドコーチや野球塾で子どもたちを指導しているほか、山村学園の臨時コーチも務めている。
坪井は「中学生の最初の頃は、全然打てなかった」ため、矢作コーチの助言のもと、スイングを見直した。上半身、下半身のそれぞれの使い方の指導を受けた。週末のシニアの練習だけでは物足りず、塾へも通った。「すべての動きが野球に繋がっているんだよ」という言葉に感銘を受け、今でも心に刻んでいる。
「『バッティングは自衛隊』『バッティングは回転寿司と一緒だ』とよく言われました(笑)。自分からは打ちにいかない。(自衛隊は)相手が来たら攻撃をするので、自分のところまでボールが来たら、打つという感じです。回転寿司も同じ意味ですね。自分から(寿司の乗る皿を)取りにいかず、来たら、取るので……」
素振りでもボールの軌道をイメージして、ゾーンに呼び込んで打つ意識でスイングをした。長距離砲に必要な懐をゆったりと、大きく使うスイングはこのような形から生まれていた。今でも山村学園のグラウンドに来た際には、矢作コーチからの助言を仰ぐ。中学から6年間の指導で坪井をここまでのバッターに育て上げることができた。
力感のないスイングから打球をピンポン球のように飛ばすホームランアーチストになることをプロでも目指していく。憧れは西武のおかわりくんこと、中村だ。小さい頃から応援していた広島の新井、西武の中村と同様、三塁を強打者として、勝負していく覚悟だ。
10月20日、ドラフト会議。プロ志望届を提出する時、家族、山村学園の監督・コーチだけでなく、恩師の矢作コーチにも相談した。もしプロになれるなら「歴史に名を刻める選手になりたい」と語る。ドラフト会議で名前が呼ばれれば、山村学園初のNPBプロ野球選手となる。広島で見始めたプロ野球への扉が今、開かれようとしている。