気乗りしないトレード「断ったら引退やぞ」 温泉で告げられた移籍が“最高の転機”に

ホテルの1階で夜食中「星野監督からお電話です!」

 それだけではない。その場にいた人たちは中尾氏が星野監督と話をしていることさえもわかっていた。「中尾さん、星野監督からお電話です!」。トレード通告の直前、中尾氏は1階で関係者とともに夜食をとっていた。そこへ、フロントから呼び出しの声がかかったからだ。スマホはもちろん、ケータイも普及していない時代。外部からの連絡はこの場合、ホテルへの電話を経由するしかない。中尾氏が部屋にいれば、そのやりとりはわからなかったはずだが、タイミング悪く、フロントの近くにいたわけだ。

「『行かなきゃダメですか』とかは小声で言っていたとは思います。でも、周りを気にする余裕はなかったかなあ」と中尾氏は苦笑しながら話す。その年は捕手から外野手にコンバートとなり、モチベーションが低下していた頃。「トレードは覚悟していましたが、パ・リーグかなと思っていました。巨人は全く考えていなかったです」。それでも中日から放り出された感覚で寂しい気持ちでいっぱいだったという。だが、これが最高の転機となる。

 巨人では捕手に復帰し「藤田さんに『斎藤(雅樹投手)を頼む』と言われてうれしかったですね」。実際に中尾氏は巧みなリードで斎藤の実力を開花させ、球界を代表する大エースに導いた。代わりに中日に移籍した西本投手も20勝をマークし、両球団にとっても大成功のトレードだった。「もしも、あのまま中日にいたら、次の年ぐらいに引退していたんじゃないかな」。ホテルのフロント前での出来事も、中尾氏にとって、今では笑って話せる思い出となっている。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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