王監督から「君は優しい人間だ」 戦力外で痛感…足りなかった“勝利への執念”

王監督と過ごした日々は今でも糧になっている【写真:橋本健吾】
王監督と過ごした日々は今でも糧になっている【写真:橋本健吾】

王監督から「君は優しい人間だ。でも、それじゃプロでは通用しない、生き残れない」

 3年目からリリーフに転向し、2004年には自己最多の35試合に登板し6勝をマーク。だが、右肘の違和感は強烈な“痛み”に変わり2006年には手術を決断。その後も左膝にメスを入れるなど怪我に泣かされ2008年オフに戦力外通告を受けることになった。

 ホークスで過ごした8年間で結果を残すことはできなかった。それでも、王貞治監督(現会長)と過ごした日々は今でも糧になっている。勝利への執念は誰よりも強かった。

 内角を攻めるのが苦手で、外角中心の配球になると「本当によく怒られました(笑)。『君は優しい人間だ。でも、それじゃプロでは通用しない、生き残れない』と。ブルペンで内角を投げると、手を叩いて喜んでくれた」。“世界の王”から指導を受けたのは、かけがえのない思い出だ。

 現役続行を希望していたが、同時に右肩痛を発症しトライアウトは泣く泣く不参加。1年後の復帰を目指し右肩関節唇の手術を受けると、2009年に独立リーグの四国・九州アイランドリーグの「福岡レッドワーブラーズ」からオファーを受けた。

「逆指名でホークスに入って結果が出ず、最終年はひねくれていた自分がいた。『もう、いらんクビ』と言われて落ち込む時もあったが、今思えば野球のありがたみを再確認できた“ありがたい宣告”でした。前例がないのは知っていましたが、しょうもない選手で戻っても意味がない。人生で一番走りましたし、練習も頑張ることができた」

現在は滋賀・びわこ成蹊スポーツ大学の硬式野球部で監督を務める

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