ダルビッシュが“イジられた”14年前 V2の重圧の中で…結束強めた松坂のひと声
イチロー人気に沸いた2009年WBC前の宮崎キャンプ「車が動かなかった」
元侍ジャパン内野守備走塁コーチで、現在、大阪経済大学硬式野球部監督の高代延博氏は2009年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に向けた日本代表の宮崎合宿初日のことをよく覚えている。「宮崎市内から球場まで車が動かなかった。あれでもう、すごいんだって実感して……。あんな超満員のところでシートノックしたのも初めてだし、緊張しましたよ」。日の丸を背負う重みを一層感じての始まりだった。
練習メニューは高代氏が作成した。「原(辰徳)監督がキャンプ中のスケジュールは高代さん中心にって、全スタッフの前で言ってくれたのでやりやすかった」という。ウオーミングアップ後に、フリーベースランニングと名付けたメニューを加えた。どれだけ走るかは、すべて選手任せ。最初に川崎宗則が走り出し、イチローが続いた。「イチローが走り出したら、観客席は拍手喝采でした。きれいな走りで、スピード感もありましたね」。
三塁ベースコーチを務める高代氏にとっては「選手の足の具合、どこまでできあがっているんだろうというのがあった」。状態をつかんで、的確な指示につなげ、とにかく怪我をさせてはいけないとの思い。「ある程度の足の能力は把握していたけど、それに一番気を使いました。12球団の宝物ばかりだからね」。超一流選手の集合体だけに「腫れ物に触るような気持ちでいましたね」と正直な胸の内も明かした。
全体練習は午前10時から午後2時すぎまでのスケジュールだったが、それで終わることはなかった。「あとは各自、各チームの主力だからやることもあるだろうしと思っていたら、ずっと『ノックお願いします』『お願いします』ってほぼ全員がきましたからね」と高代氏は話す。「それもなかなか『ラスト』って言わないから『おい大丈夫か、大丈夫か』って何回も言いました。『もういいと思ったら、いいかげんにやめろよ、壊れたら困るんじゃ』とも言いましたね」。