高3夏に「もう野球やめる」 先発100勝&100セーブ、後の大エースが歩いた“回り道”
浜田商3年夏は準決勝で敗退…その夜、母に野球をやめると伝えた
「サッカーをやっていて捻挫というか、じん帯か何かで……。ギプスはめて松葉杖だった」。大きな調整遅れ。高3の春季大会は1回戦で、因縁の大田と激突。「注目された中でボロ負け。コールド負けだった」という。このままで終われない。「夏に向けて、社会人チームの常石鉄工に1週間合宿に行ってこいと言われた」。そこでいろんな練習法、社会人選手の投球フォームとかを見ながら、まねをした。すると変わった。
「見違えるような投球になった。帰ったら監督にしろ、同級生にしろ『どうしたんや、なんでこんな球になったんや』っていうくらい。スピードも140キロを超えるようになって、そこからプロのスカウトも来るようになった」
だが、夏は島根大会準決勝で大社に3-7で敗れた。そこで決めたという。試合に負けた夜、母親に伝えた。「もう、これで野球をやめる」と。母・江美子さんも承諾したそうだ。
もし、あの時、やめていたら当然、カープ・佐々岡は誕生していなかっただろう。いったい何があったのか。
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)