「間違いなく毎回言われた」 18歳で“初登板ノーノー”…大快挙の裏に先輩からの煽り

岐阜聖徳学園大学硬式野球部監督を務める近藤真市氏【写真:山口真司】
岐阜聖徳学園大学硬式野球部監督を務める近藤真市氏【写真:山口真司】

「8月9日」「13奪三振」「満月」近藤氏が感じる“見えない力”

 プロ野球の歴史に残る大偉業。それが昭和62年に起きて以降、平成、令和と時代が変わっていく中で、同じシーンは一度も起きていないのだから、やはり、すごいとしかいいようがない。昨年、ロッテ・佐々木朗希投手がプロ3年目の20歳で完全試合を達成した。それもまた超素晴らしい大快挙だったが、高卒1年目のプロ初登板での近藤氏の記録は、“令和の怪物”でもできなかった。それこそ異次元クラスのものであるといってもいいだろう。

 近藤氏は「(ノーヒットノーラン達成には)いろんなことが絡んでいると思う」と話す。7回表、先頭の巨人・鴻野淳基内野手のセカンドキャンバス寄りのゴロを中日・仁村徹内野手がはじいてエラーとなったが「あれも運があったのかもしれません。淳基さんの足を考えると仁村さんが捕っていたら、内野安打になっていたかもしれませんからね」。考えれば、考えるほど、いろんな条件が重なってくるという。

「あの日は8月9日でしょ。ウチの親父が長崎出身。原爆が8月9日じゃないですか。1年前(1986年)の8月9日にも僕は(享栄のエースとして)甲子園で投げている。唐津西(佐賀)戦で1安打完封しているんです。それに僕の誕生日は8月9日の逆の9月8日だし……」。その試合で奪った三振数についても「(背番号と同じ)13でしょ。数字に恵まれているんですよ」と近藤氏は笑みを浮かべながら懐かしそうに話した。

「あの時、満月だったでしょ、きれいな。あとあと考えると、いろいろつながりがあるのかなって。その時はそんなことは考えもしませんでしたけどね」。実力で成し遂げた本人でさえも“見えない力”を感じてしまうほどの大偉業。近藤氏はつくづく「運命の日だった」と思っている。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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