東海大相模時代と激変…門馬敬治監督の新たな挑戦 自ら食器洗い、連日90分のトラック運転
決断を正しいものにするかは自分次第…恩師・原貢氏からもらった忘れられない言葉
東海大相模の監督を退いたとき、黄金期の真っただ中だった。さまざまな事情が絡み合っての退任だったが、辞める怖さはなかったのだろうか。東海大相模中、東海大相模高、東海大と、ずっと「TOKAI」のユニホームを着てきた。
「怖さはない。それは感じなかったですよ。自分で下した決断だから。自分にしか決められないことだし、どんな選択をしても、その決断を正しいものにするかは自分次第。愚痴を言ったり、悔いたりしても、何も始まらない。これは今の選手にもよく言っているけど、『後ろ向きに歩くな。前を見て歩きなさい』って。だから、『相模のときはこうだったな』と比べることはない。それは、後ろを向いて歩いていることになりますから」
恩師は、東海大相模の野球部を全国区に育て上げた原貢氏。東海大相模の監督に推してくれたのも、原貢氏である。2015年夏の全国制覇の前年(2014年5月29日)に、病気でこの世を去った。生前に、何度も何度も言われた言葉がある。
「『相模』という冠、『監督』という冠を取ったとき、門馬敬治としてどれだけ勝負できるのか。それが、人間の本当の力だぞ」
50歳を過ぎて、師の言葉が現実になるときが来た。「親父さん(原貢氏)はもしかしたら、いつかこうなるのがわかっていたかもしれません。『本当のお前の力が試されるんだ』って。あの言葉を忘れることはありません」。