「訴えれば億の金が取れる」治療中の悲劇も… 割り切るしかなかった恩師との“縁”

整体が原因…「訴えれば」の声も「そうなる運命」と受け止めた

 そこから調整をし直して、後半戦に1軍昇格。5試合に先発した。だが、結果は0勝4敗。また打ちひしがれた。1991年のプロ5年目は0勝1敗。今度は肘を故障して、その年のオフに再び手術を受けた。「肩をかばったら肘にもきますよ。これはもう致命的でした。肩と肘、両方にメスを入れたら、そりゃあ駄目ですよね」。もうどうすることもできなかった。

 整体が原因で左肩を痛めたのがすべてのきっかけだっただけに、周囲からは「訴えれば、億のお金が取れる」とまで言われた。だが、その整体の先生を紹介してくれたのは近藤氏が父親のように慕っていた星野監督だった。そのつながりを考えれば、そういうアクションは起こせなかった。

 もとより、闘将だって、整体の先生だって、近藤氏の将来のために硬い体を何とかしてあげたいとの思いがあってのこと。最終的には「これも自分の野球人生の中で、そうなる運命だったんだな」と割り切った。

 高卒1年目のデビュー戦で成し遂げた快挙後は、光輝く期間が少なかった。悔しくないと言えば嘘になる。だが、どうしようもなかった。それが厳しい現実だった。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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