「訴えれば億の金が取れる」治療中の悲劇も… 割り切るしかなかった恩師との“縁”|球界群像 近藤真市#7
中日で活躍した近藤真市氏【写真:山口真司】左肩を痛めた近藤真市氏…スポーツ医学の権威が驚いたほどの症状だったという
1軍デビュー戦でノーヒットノーランの離れ業を演じた元中日投手の近藤真市氏(岐阜聖徳学園大学硬式野球部監督)はプロ2年目、1988年の夏に左肩を痛めた。そのシーズンは痛み止めを打って復帰したが、状態は上がらなかった。翌1989年2月の1軍オーストラリアキャンプに参加したものの、この時はさらに深刻で全く投げられなかった。結果、フランク・ジョーブ博士の手術を受けることになったが、その診察で衝撃的なことを言われたという。
1988年シーズンオフから選手会の要望で12月と1月はポストシーズンと明確化され、その期間はコーチ陣らの指導ができなくなった。すべて自己責任ということになり、中日の場合、2月のキャンプでどんなポストシーズンを過ごしていたかを調整具合でチェック。「ABCのランクをつけられたんですけど、僕は投げられなかったので、Cランク、罰金も取られました。100万円でした」という。左肩を痛めたのは1988年の夏頃。それでも自己管理不足と判断されたわけだ。
実は故障には思い当たる原因があった。ナゴヤ球場で外部の整体の先生の治療を受けた際、左肩付近がパキンって音がするほど、強烈に乗っかられたことだ。「むっちゃ、音がしましたからね」。そういう治療で有名な先生だったが、体が硬かった近藤氏には合わなかったようだ。結局、スポーツ医学の権威として知られていたフランク・ジョーブ博士の手術を受けることになったが、診察の際「野球でこういう症状は診たことがない。何かをされましたか」と聞かれたという。整体でのことを話すと「(原因は)それしか考えられない」と言われたそうだ。
整体が原因…「訴えれば」の声も「そうなる運命」と受け止めた
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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