「どんくさい」から始まった新井貴浩物語 恩師もまさかの“大化け”「HRは汚かった」

広島・新井貴浩監督【写真:荒川祐史】
広島・新井貴浩監督【写真:荒川祐史】

入団当初から見守った新井貴浩の成長「最後は美しいホームランを打っていた」

 広島での現役時代にスイッチヒッターで活躍した山崎隆造氏(現野球評論家)は引退後も球団に残り、1994年から2011年までの18シーズン、1、2軍コーチ、2軍監督を務めた。現広島監督の新井貴浩氏は教え子の1人。1軍守備走塁コーチ時代はノックの嵐で鍛えまくった。「どんくさいところから始まったけど、上達はしていったと思います」。新井氏が阪神にFA移籍後の2008年にはうれしい電話報告もあったという。

 山崎氏は2軍監督を1999年からの2000年までの2年間と、2006年から2011年までの6年間、計8年間務めた。新井氏はその1回目の2軍監督時代の最初の年のルーキーだった。1年目から1軍で53試合に出場したが「2軍の練習に来ることもあって、その時にロングティーにつきあったのを覚えている。こうだよ、ああだよ、ちょっとこの感覚どうやと言って、1軍に送り出したらホームランを打ったんですよ。あれはうれしかったですね」。

 2001年から2005年までの1軍内野守備コーチ時代には強化指定選手のように毎日ノックしたそうだ。「新井と東出(輝裕内野手=現広島2軍内野守備・走塁コーチ)の三遊間は最初の頃はひどかったですからね。シーズン110とかエラーするチームだったけど、そのうち50くらいはこの2人がしていましたからね」。ノックは試合前もみっちり。「ヘトヘトになるまでではないけど、かなりね。それをこなしてから新井らは試合に出ていましたよ」。

 2007年オフに新井氏は阪神にFA移籍。その時は守備力もアップしており、2008年は一塁手部門でゴールデン・グラブ賞を受賞した。「あの時、電話してきてくれたんですよ。阪神に行ってちょっと疎遠になっていたんですけどね。『おう、久しぶりやのぉ、どうしたんや』と言ったら『山崎さんに散々お世話になって、ノックもいっぱいしてもらってゴールデン・グラブ賞をとることができました』って。こちらもうれしかったし、律儀なやつやなぁって思いましたね」。

 新井氏は打撃も最初の頃とは見違えるほど成長した。本塁打王(2005年)、打点王(2011年)を獲得し、広島復帰後、リーグ優勝しMVPに輝いた2016年には300本塁打と2000安打も達成。「新井本人もびっくりしているのが事実だと思います。あいつにもよく言うんだけど『お前のホームランは汚かったのぉ、ひどいフォームで何で打てるんじゃって思ったものだけど、最後の方はホンマに集大成で美しいホームランを打っていたよな』ってね」。

広島で活躍した山崎隆造氏【写真:山口真司】
広島で活躍した山崎隆造氏【写真:山口真司】

2軍監督時代は勝ち負けよりも“育成”を重視

 その教え子が今は赤ヘルの監督を務めているが、山崎氏にしてみればこれも感慨深いこと。「監督としてもすごいっすよ。僕はメディアにも、放送でも褒めまくっている。監督としての資質もあったんやね。うまく選手を乗せているようにしか見えない。あいつの人柄とやり方とビジョンはすごいですよ」と声を弾ませた。

 ただし、自身のことになると山崎氏は「18年間、1軍、2軍、いろいろ経験させてもらったんですけど、正直、反省の部分が多いですね」と表情を曇らせた。「2軍監督時代は、選手とコミュニケーション不足だったと思う。全体を見れなかった。これと思った選手にしか声をかけなかった。僕は僕なりに育てなければいけないターゲットを決めて、そいつらに集中していった。逆に他のヤツに配慮ができなかったんですよ」。

 2011年はウエスタン・リーグワーストタイの16連敗を喫し、3年連続最下位も経験した。2軍は勝ち負けよりも育成重視ながら「あそこまで負けが続くとちょっと苦しかったのも確かです。育ててなんぼって割り切った部分はあるけど、割り切れない部分もあった。個々の技量だけでなく、勝つことの喜びや勝ち方も教えなければいけないとかもあって……」。いろいろ考えた末にけじめとして、そのシーズン限りでの辞任を選択した。

 現役17年、指導者で18年。その間、一度もユニホームを脱ぐことなくカープ生活は35年にも及んだ。それに自らピリオドを打ったわけだが「後悔はない」という。「自分が指導のターゲットにしていた選手がのちのち1軍で活躍してくれているのが支えになっています。曾澤(翼)であったり、松山(竜平)であったり、やめたけど安部(友裕)であったり、(現巨人の)丸(佳浩)もそう。彼らを何とか1人前にできたという思いはあるんですけどね。僕の中ではですよ」。新井氏ら教え子たちの成長は山崎氏の楽しみでもある。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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