イチローから直接指名「投げてください」 ど緊張の打撃投手…伝説の一打への“準備”
緒方耕一氏は第2回WBCで守備走塁コーチ…原監督に断ったはずが
巨人でスピードスターとして盗塁王のタイトルを2度獲得した評論家の緒方耕一氏。現役引退後には巨人、日本ハム、ヤクルトでコーチを務め、2009年の第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では日本代表の外野守備走塁コーチとして大会連覇に貢献した。緒方氏が世界一への足取りと“WBC効果”を回想する。
「僕は、お断りしたんですけどね。もう普通にコーチになっていたんです」。緒方氏のWBCは驚きから始まった。
原辰徳監督は2008年に巨人を率いてセ・リーグ優勝。10月下旬、日本シリーズ直前に代表監督を要請され、受諾した。緒方氏はその時、巨人コーチで40歳。練習日にベンチに呼ばれると、「一緒にやろう」と声を掛けられた。
「いやいや監督、素晴らしい先輩方がたくさんいらっしゃいますよ。僕は結構です」と返しても「そう言うなよ」。それでも「いや、監督もう一回考えて下さい」と辞退し、そこで話は終わった。ところが、シリーズ直後のコーチ陣容に自分の名前が入っているではないか。緒方氏は「原さん、僕が断ったのを忘れていました」と笑う。
日本は初代王者で、さも当然のように再びの頂点を期待された。「連覇しないといけないというプレッシャーで、最初は嫌で不安しかなかったです。だけどメンバーを見たら、そうそうたる面々。すぐにこれは勝てると思いました」。イチロー氏(マリナーズ)を筆頭に松坂大輔氏(レッドソックス)らメジャーリーガーに、ダルビッシュ有(日本ハム)、内川聖一氏(横浜)ら豪華絢爛。2月中旬の代表合宿の顔合わせでは「優勝できる。世界一になれる」と挨拶した。
「もう、やめてくれ!!」心の中で叫びながらイチロー氏の打撃投手
代表を取り巻く環境はどうだったのだろう。「こんなに人気が凄いんだと思ったのが第一。普段のジャイアンツのキャンプでもファンの方がいっぱい見に来るんですよ。でも、ジャパンは何しろホテルを出発しても球場までたどり着かないんですから」。道路の大渋滞など人、人また人の熱狂ぶり。緒方氏は巨人育ちで宮崎は勝手知ったる地だったので「僕らコーチ車は、畑の道とか裏の抜け道を通ってました」。
代表の指導で心掛けた点は何だったのか。「みんなトップスターだから、こちらからどうのこうのというのは全くなかったですね。コーチといっても大ざっぱな練習メニューを決めるだけ。特守、特打をやりたいと言ってきたら、それをお手伝いする感じでした」。
実際、イチローから特打で「投げて下さい」とご指名がかかった。「投げましたけどねぇ。あれだけの一流バッターを相手にするわけでしょう。当てたりしたらエライことだし、打ちやすい球を投げなきゃなんない。メチャクチャ緊張しましたよ。『もう、やめてくれ』なんて心の中では叫びながら、ボール放ってました」。
3月に大会に突入し、東京ドームでの1次ラウンドをクリア。2次ラウンド以降の舞台・米国に滞在すると、本場における野球の社会的地位の高さを実感する出来事が起きた。日本チームの移動が、外交で訪れた政治家のようなVIP待遇。「僕らのバス2台に白バイが20台ぐらいずっと付いてガードしていたんですよ。先に行って信号を止めて、走行をスムーズにしてくれたりとか。アメリカって凄いとびっくりしました」。
日本は、2次ラウンドは敗者復活戦に回りながらも通過。準決勝で米国も撃破した。決勝は今大会通算2勝2敗と、つばぜり合いを繰り返していた韓国と雌雄を決する一戦に。延長10回、2死二、三塁からイチロー氏が決勝の中前打を放ち、5-3で再び世界一に輝いた。この大会不振が続いたイチロー氏が、最後はさすがの底力を見せつけた。
ガッツも慎之助も触発「凄い。ジャイアンツでも取り入れようじゃないか」
緒方氏はイチロー氏に対し、試合でのプレー以上に野球に取り組む姿勢に感銘を受けていた。米国でのイチロー氏は、移動はチームとは違う車で“別行動”を取っていた。「最初はスターだからしょうがないのかなと思ってたんですけど」。全くの誤解であることに気付く。常にグラウンドに先乗りし、待ち構えているのだ。
「ストレッチやティー打撃など、もう準備を長くやって終えているんですね。そういえばイチローは『みんなといっしょに動くと自分的にはちょっと時間が足りない』と説明していた。ああそうか、なるほど。それで別行動なのかと」
巨人から代表入りしていた小笠原道大、阿部慎之助(ともに現巨人コーチ)も、イチロー氏の準備に触発された。「ガッツ(小笠原)と慎之助は『凄いな、これはいい。日本に帰ったらジャイアンツでも取り入れようじゃないか』と話していた。そこから巨人の選手は、ビジターも含めて球場入りが数段早くなったんです」。“WBC効果”で慣習が変わった。
今春のWBCでも、大谷翔平(エンゼルス)らメジャー組と村上宗隆(ヤクルト)らNPB組が融合した侍ジャパンが世界一を奪還した。緒方氏が選手と共に戦った第2回以来だ。「(大谷)翔平とかがいて、強いチームだって言われることはいいのですが、イコール勝って当たり前みたいにも言われる。だから勝った瞬間はうれしいより、みんなホッとしたんじゃないでしょうか。僕はそう思います」。自身の体験を重ね合わせ、ねぎらっていた。
(西村大輔 / Taisuke Nishimura)