失策後の菊池涼介の“メンタル”に驚愕 韓国球界で生きる元赤ヘル戦士、忘れぬ日本への感謝
33歳になった申成鉉さんは韓国球団の通訳に、會澤や松山からも受けた大きな刺激
あれから10年。かつて広島のユニホームを着ていた33歳は今、宮崎県内で行われている「第20回みやざきフェニックス・リーグ」にスタッフとして参加していた。所属は韓国リーグ選抜チーム。2013年に1軍出場は叶わぬまま、現役を引退した元広島の申成鉉(シン・ソンヒョン)さんは斗山の通訳チームを務めている。同世代の菊池涼介内野手から受けた刺激など、日本で過ごした時間は今でもしっかりと心に刻まれていた。
15年前の2008年。ドラフト会議で広島から4位指名を受けた申さんは、大卒で入団した岩本貴裕外野手、高卒の中田廉投手と同期入団。NPBに憧れて、韓国から京都国際高へ野球留学をした。夢を叶えるまでは「正直、しんどかったです」と本音が漏れてしまうほどの過酷な日々だった。
韓国と日本は距離的に近いとはいえ、言語でも文化でも違いは多い。特に野球への意識の高さには衝撃を受けた。そのひとつが野球の“細かさ”だった。「サインも守備も投手のコントロールも、韓国より細かく突き詰めていて驚きました」と高校時代を振り返る。
プレーの精度の高さだけでなく、監督から出る指示だけでなく、守備時に選手間で送り合うサイン、さらに状況ごとに応じたサインプレーや決め事の多さには、目を丸くした。ただ打って、投げて、だけではない緻密で繊細な“戦略”に日本野球の凄みを感じた。
「練習の量は韓国に比べて2倍くらい多かった。本当にきつかったです」。韓国でも毎日のように練習はしていたが、日本の方が時間が長く、必然的に量も多くなった。もちろん厳しい生活になることは承知していたが、練習量が2倍になるとは考えもしなかった。そんな毎日は15歳で海を渡った少年にとって想像以上につらかった。それでも、一度も帰りたいと思ったことはなかった。
苦しいだけではなかった。それ以上に新たな学びや、自分の成長が感じられたことが嬉しかった。特に高校野球では人生を変える気づきもあった。「日本に来てから自主練の大切さを学びました。それを学べたからこそ、ここまで野球ができたと思っています。色んなことを学びましたけど、それが一番、大切かなと思います」。チームの練習だけで十分だと思っていた考えは、朝練や居残りまでする仲間や先輩たちの姿勢でひっくり返された。
本気で甲子園を目指した日々は、技術はもちろん自分自身の価値観も大きく変えてくれた。さらに、順調に歩みを進めたプロの世界、広島との出会いで日本への尊敬の念は大きくなる。
「忘れられない」広島で過ごした日々、菊池涼介内野手のメンタルに驚愕
プロの壁は高かった。高卒で目標の場所に辿りついたが、毎年のように逸材たちが入団してくる厳しい世界。レベルの高い選手たちを数多く見てきた。その中でも菊池涼介内野手の姿勢は忘れることはない。今では球界一の二塁手だが、その時はまだ2軍時代、菊池が珍しくエラーした時の事を振り返った。
菊池はエラーしてしまった直後、さらに難しい打球が飛んできたものの、臆することなくグッと攻めた守備で、難なくさばいてみせた。守りに入るどころか、さらに攻めたプレーをしてしまうメンタルに驚愕した。「普通、エラーをしたら、次はしないように緊張してしまう。でも、菊池さんは違いました。緊張しました? って聞いたら、『全然?』って返ってきて……。本当にびっくりしました」。技術だけではない、自分との大きなレベルの差に愕然とした。何事もなかったかのように振る舞うその姿は脳裏に焼き付いている。
さらに2016年からリーグ3連覇を果たした広島の“黄金期”を支えた選手たちともファーム時代を共に駆け抜けた。「丸(佳浩)さんも、會澤(翼)さんもすごかったです。松山(竜平)さんの地元で一緒に練習もさせてもらいました。あとは、嶋(重宣)さんにもお世話になりましたね」と、笑顔で懐かしむ。他にも上本崇司内野手や安部友裕氏など、感謝したい人の名前を挙げだせばきりがない程に広島愛に溢れていた。気がつけば韓国に帰りたいという思いすら忘れるほど、日本が大好きになっていた。
再来日し、思い出す日本での記憶。高校野球とプロ野球という濃密な日本での野球漬けの日々が、今の自分を作っていると感謝を口にする。日本と韓国の良さを知っているからこそ分かることがある。「このチームと一緒に成長したいです。ベアーズに貢献したいです」次は支える立場から野球界に恩返しを目指す。その決意の裏には、日本への、そして野球への愛とリスペクトに溢れていた。
著者プロフィール
○木村竜也(きむら・たつや)1999年4月生まれ、静岡・沼津市出身。小学生から野球を始め、中学時代はスルガボーイズに所属。日大三島高時代は、控え投手として県大会準優勝を経験。日大を卒業後、2023年からFull-Count編集部に所属し、高校野球やプロ野球を取材。
(木村竜也 / Tatsuya Kimura)