窓から脱走した同僚に「帰ってこい」 4年経て再び仲間へ…レオ23歳が胸に抱く“絆”
西武ドラ1・蛭間の新人年は56試合出場…キャンプ初日の危機感を乗り越える
早大から2022年ドラフト1位で西武に入団した蛭間拓哉外野手は、ルーキーイヤーの今季、6月23日に1軍初出場を果たし56試合に出場した。「いい経験ができました」と1年目のシーズンを振り返り、浦和学院高以来、再びチームメートとなった渡邉勇太朗投手との絆を語った。
打率.232、2本塁打、20打点をマークしたものの、キャンプ初日には危機感を覚えていたという。「バッティングは通用すると思っていなかったですけど、(外野)守備はある程度守れるだろうと思っていました。でも、キャンプ初日に実力の差を痛感して『これはやばいな』というところから始まりました」。早大では、学生がノッカーを務めていたため、ノッカーの打球がこれまでとは全く違った。「『終わった』と思いました」。それからはコーチの指導を受けながら、試合でミスをしては反省する毎日だった。
「まだまだ危ない守備ですけど、前よりは落ち着いて守れるようになったかなと思います。もともと最初から打てるとは思っていなかったので、ファームでしっかり練習しようと思っていました。自分にとってはいい時間だったと思います」
渡邉とは、浦和学院高で同学年のチームメートだった。「めちゃくちゃエピソードありますよ」と笑いながら、当時の出来事を振り返った。
「1年生の時は、体力的にも精神的にもきつかった時期がありました。きつくて、とにかくきつくて、きつすぎて……。朝5時に起きて10キロ走ったりするんですよ。自分と勇太朗と、もう一人の子が体調不良になってしまって、寮で隔離されたことがありました。体調も悪いし、弱気になるんですよね。『もうやめようぜ』みたいな。自分は次の日の練習に参加したんですけど、自分以外の二人は部屋の窓から飛び降りて脱走したんです」
一人は翌日戻ってきたが、渡邉は戻ってこなかった。「勇太朗には強固な決意があったんだと思います」。野球部員で手紙を書いたり、帰ってきてほしいと説得をして、3か月後に戻ってきた。「自分だけじゃないです。野球部のみんなが戻ってきてほしいと思っていました」。3年時には渡邉と共に夏の甲子園に出場しベスト8進出、U-18アジア選手権の日本代表にもそろって選出された。
目標の栗山からは「どれだけ準備をするかが大切」との金言
卒業後、渡邉は西武にドラフト2位で入団。自身もプロ志望届を提出するか迷ったが「自信がない」という理由から大学進学を選んだ。「4年間でしっかり体づくりをして、動作解析や栄養の部分を学んでからでも遅くないかなと思いました」。早大からプロ入りした早川隆久投手(楽天)、徳山壮磨投手(DeNA)ら先輩の姿を間近で見て、努力をして考えて野球をやらなければいけないと感じた。
小学生の時にライオンズジュニアでプレーしており、子どもの頃から西武は憧れの球団だったが、親友の渡邉を球場で応援しているうちに「西武に行きたい」という思いが強くなった。
「勇太朗を見て、すごいなと思っていました。いつか自分もプロに行けるように頑張ろうと思いました。ライオンズは打撃のいいチームなので、自分もその中に入ってバッティングを磨きたいと思うようになりました」
その西武から1位指名の公言を受け「めちゃくちゃうれしかったです。速攻で親に電話して『こういうことなんでお願いします』と言いました」と、当時の興奮を振り返った。目標とする選手は栗山巧外野手だ。栗山からは「平等ではないかもしれないけど、どこかにチャンスは絶対にある。それをつかむために、どれだけ練習をして準備をするかが大切だ」と金言を授かった。
「燃えましたね」。そう話す23歳は、子どもの頃から憧れていたチームを、自らの活躍で勝利に導くことを誓った。
(篠崎有理枝 / Yurie Shinozaki)