県内無敗でも出られなかった甲子園 後輩が「うらやましかった」…3年越しに叶える悲願

現在は中大準硬式野球部でプレーしている高垣昂平さん【写真:本人提供】
現在は中大準硬式野球部でプレーしている高垣昂平さん【写真:本人提供】

部員5人廃部危機にあった硬式野球部が、2年半で県内最強となった物語

 2020年に新型コロナウイルスの感染拡大で夏の甲子園大会が戦後初めて中止となった“悲劇の世代”の球児たちが、3年を経て甲子園に集結する。29日から3日間開催される「あの夏を取り戻せ 全国元高校球児野球大会2020-2023」。同年に各都道府県高野連が行った独自大会の優勝校など44チーム(当時の球児約800人)が出場する見込みだ。当時、長崎・大崎高3年で1年間“県内無敗”を誇った高垣昂平さん(現・中大準硬式野球部)は「これでようやく『甲子園に出た』と胸を張って言えるようになるのかなと思います」と胸を躍らせている。

 大崎高は、西彼杵半島の西に浮かぶ周囲約29キロの「大島」にある県立校だ。高垣さんが経験した3年間の物語は、上質の青春小説のように胸に迫る。

 2018年春から、地元の西海(さいかい)市の肝いりで、廃部危機にあった弱小硬式野球部の監督に清水央彦(あきひこ)氏が就任することが決まった。清水氏は長崎・清峰高のコーチ、野球部長時代、吉田洸二監督(現山梨学院高監督)とのコンビで全国レベルの強豪に育て上げ、その後、佐世保実高の監督としても甲子園に2度導いた実績があった。

 大崎高には先輩が5人(3年生4人、2年生1人)しかいなかったが、「この監督なら甲子園に行ける」と感じた有望な新入生20人が長崎中から集まってきた。西海市立西彼(せいひ)中2年の秋に軟式野球部の主将として、長崎県大会と九州大会に優勝、翌年春の全国大会に出場した高垣さんも、その1人だった。

 そんな大崎高があっという間に“県内無敗”のチームに変貌を遂げるのだが、その陰には、高垣さんが「県内で一番練習していた自信があります」と断言する猛練習があった。主に冬場に行われる「インターバル」と呼ばれるランニングメニューは、特に猛烈だった。部員が2班に分かれ、ホームベースから左翼定位置付近、そこから中堅、さらに右翼定位置付近を通って戻ってくる。1周約270メートルのコースを全力疾走で10周、その後約10キロの丸太を抱えて10周するのだが、それぞれ設定タイムがあり、1人でもクリアできなければ、班全員が1周とカウントされない。「いつまでも終わらない練習でした。しかも設定タイムはどんどん速くなっていきました」と高垣さんが首をすくめる基礎練習で、ナインはたくましさを増していった。

清水央彦監督は「自分にとって第2の父親です」

 大崎高の硬式野球部員は基本的に全寮制。グラウンドでは鬼に見える清水監督だが、寮に住み込み、夕食の際には部員1人1人のコップに牛乳を注ぎながらコミュニケーションをはかっていた。「練習で厳しく言われて落ち込んでいると、寮で前向きな言葉をかけてくれましたし、夜間の自主練習をじっと見守ってくれていました。自分にとっては“第2の父親”です」と高垣さんには感謝しかない。

 2年生の秋、高垣さんが副主将となって結成された新チームは、最終的に公式戦、練習試合を通じ、長崎県内のチームには1年間で1度も負けなかった。秋季県大会で優勝。九州大会の1回戦で大分商高に3-4で惜敗したため、翌年春の選抜大会出場こそ逃したものの、最後の夏には自信を持って臨めるはずだった。ところが……。

 2020年5月20日。大崎高ナインは本来、寮での携帯電話の使用を午後10時からの1時間に限定されていたが、その日だけは許可を得て夕方からスマホで、高野連の記者会見のライブ中継に目をこらした。そこで告げられた、まさかの夏の甲子園大会中止。その場で泣き出す部員もいた。高垣さんも「子どもの頃から甲子園に出ることが目標でしたから、なんのためにこれから野球をやればいいのか、わからなくなりました」と打ちひしがれた。3年生だけで開いたミーティングでは、練習が厳しかっただけに「もう頑張れない」と吐露した選手もいた。

 しかし、新型コロナウイルスの感染拡大でグラウンドでの全体練習ができなくなった後、寮周辺で行っていた自主練習には、甲子園が消滅した夜も1人、また1人と出かけていき、結局全部員が参加した。そこへ、清水監督が勤務先の西海市役所から戻ってきた。「3年生が練習しているのには、びっくりした。おまえたちはえらいぞ」。監督がそうほめてくれたことを、高垣さんは忘れない。

後輩たちが「3年生を甲子園に」を合言葉に翌春選抜出場

 やがて、甲子園にはつながらないが、長崎県の独自大会が7月11日から開催されることが決定。大崎高ナインも目標を切り替え、再開された練習試合で快進撃を見せた。そして迎えた独自大会を勝ち上がり、決勝で鹿町工高を6-1で破り優勝を果たしたのだった。

 試合終了後、清水監督は涙を流し、声を詰まらせながら3年生を「おまえたちはすごい学年だ。おまえたちが新しい大崎高校の土台をつくってくれた。0から1にしてくれた」と頭を下げた。そして「あとは後輩たちがおまえたちを甲子園に連れていけるように、俺も頑張る」と約束した。実際、後輩たちはその秋、「3年生を甲子園に」を合言葉に県大会、九州大会を制し、翌年春の選抜大会で初の甲子園出場を果たしている。

「あの夏を取り戻せ 全国元高校球児野球大会2020-2023」は、今月29日に甲子園球場で出場チーム5分ずつのシートノック、入場行進、セレモニーなどが行われ、翌30日と12月1日に兵庫県内の球場に分かれて交流試合を戦う予定だ。

「ずっと甲子園の土を踏むことに憧れていたので、ワクワクしています。何よりも、当時のメンバーでまた野球ができることがうれしいです」と高垣さん。改めて高校時代を振り返り、「後輩たちが甲子園に出ているのを見て、うらやましいという気持ちもありました。しかし悔しさや悲しさを全員で経験したからこそ、強くなれた。最後の独自大会に挑めて、優勝できたことには、大きな達成感がありました」と笑顔を浮かべる。「それは自分たちにしか経験できなかったことだろうと思います」とうなずいた。

 同大会の実行委員会では、企業の協賛やクラウドファンディング(CF)を募り、必要予算約6450万円のうち約3000万円を調達済みだが、資金面は大きな課題となっている。宿泊費や交通費、傷害保険料となる選手関連費用に4000万円以上がかかる。球場貸出料などの開催費用約2450万円の計6450万円が最低でも必要になる。

 不足した場合は宿泊費や交通費が選手の自己負担となるため、遠方からの出場チームは参加を取りやめてしまう可能性も出てくる。大学生メンバーの運営チームは夢の実現へ、12月1日までのクラウドファンディング協力の“お願い”を行っている。代表の大武優斗さんは「ご支援を頂ければと思います」とあの夏、甲子園を奪われた球児たちのために、野球を愛する方々へ、呼びかけている。

【あの夏を取り戻せ! クラウドファンディングはこちら】
https://ubgoe.com/projects/444/

(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)

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