戦力外「ほぼ確定」の選手には辛すぎる数週間 収入減より身にしみた“地位の下落”
戦力外が“ほぼ確定”した後の試合がつらい…葛藤の9月
プロ野球選手が、球団から来季契約しない旨を伝えられる「戦力外通告」。ファンにとっては突然の知らせだが、選手は前日に呼び出しを受けた時点で、ほぼ全員が覚悟。それよりも前に、グラウンドの上で気配を感じ取るケースも少なくない。
終わりのときを敏感に察知したのは、昨年9月のこと。「ファームの試合に使われなくなって……」。元中日外野手の滝野要氏は、その翌月に球団から通告を受けた。プロ4年間で1軍出場は59試合。自らが戦力整理の対象だと知っても、そこまで驚きはなかった。体調面に不安を抱えていたのもあり、現役続行という選択肢もなかった。
戦力外になるとほぼ分かってからの2、3週間は、何よりつらかった。残り数試合で仮に好結果を出したとしても、おそらく未来は変わらない。「何のための試合なのかという気持ちと、プロなんだから最後までやり切らなきゃいけないという気持ちで、すごく板挟みのような状況でした」。プロ野球生活の終わりが近づく中で人知れず葛藤し、昨年10月4日に予想通りの言葉を球団代表から受け取った。
野球漬けの生活から卒業「プロ野球が特殊な世界だったんだな」
一社会人としての再出発は、少年時代から続いた野球漬けの生活からの卒業も意味していた。「生活がガラッと変わって、対応するのが難しかったです」。チームの全体練習以外は個人の裁量にある程度任されていた選手時代とは一転、何をするにしても「○日厳守」「○時までに連絡」と時間で管理される業務ばかり。「プロ野球が特殊な世界だったんだな」と身にしみた。
何より変わったのは、周囲からの見られ方だった。「僕みたいな2軍が多かった選手でも、現役中はいろんな人から『すごい』って言っていただくことが多かった。でも、そうじゃなくなった。すごいと思われなくなった」。プロ野球選手というだけで一目置かれた日々は過ぎ、“プロ野球選手だった人”になったのだと痛感した。
「野球しかやってこなかった難しさみたいなものは、すごく感じました」。そこから目を背けるのか、真正面から受け入れて新たな道を歩んでいくのか。「僕は4年間しかプロにいなかったですし、もともとプライドもない方なので」。滝野氏はすんなり現実と向き合ったが、選手によっては苦しむ転換点でもある。
ただ、幼い頃からひとつのことをやり続け、プロまでたどり着いた執念や気概は、これから大きな武器になるのも確か。セカンドキャリアで異業種に挑戦し、大きく羽ばたいた元選手も少なくない。滝野氏も清掃業に未来を定め、毎日汗を流している。
今月15日には「プロ野球12球団合同トライアウト」が開催された。NPB復帰は狭き門で、今年も何人ものプロ野球選手がユニホームを脱ぐことになる。これまでの野球人生と同じく、自分で未来をつかみ取っていくのは変わらない。
(小西亮 / Ryo Konishi)